祈りは、人間として生きている者の責務

 人は、一呼吸の空気、コップ一杯の水さえ、創り出すことが出来ません。それどころか、人は、木や草や動物の生命を頂いて自分の生命をつないでおります。これら万物万精から受ける日々の恩恵に対し、万物万精にお返しをすること、それが我々の責務であり、その責務を果たす方法の最たるものが「祈り」です。
 大元霊(おおみおや)が、宇宙を創造される際に用いられたのが、他ならぬ御言葉(みことば)です。また、その大元霊の(まな)し子が我々人間です。人間の発する思いが、言葉によって集中されたとき、我々の考えをはるかに超える力が生じます。


無私の祈り

「無私の祈り」とは、御神殿に向かっては、万物の霊長として、万物万精の調和をはかろうとして祈ることです。御利益を求めたり、自分の個人的な願い事をする祈りではありません。結果として、御利益を頂くことはあります。
 御仏壇に向かっては、先祖の供養、水子供養を第一義として祈ることです。苦しんでいる水子や先祖に成仏して頂こうとする祈りです。因縁から逃れようとする祈りではありません。結果として、因縁が切れたりすることはあります。

 なお、『蛇之倉七尾山祈詞集』には、「心だに 真の道に かなひなば 祈らずとても 神ぞ守らん」という句がございます。しかし、我々は神仏から守られる為にこの世に生かされているわけではありません。あくまでも魂修行の為に生かされております。また、「祈らずとても」云々とは「祈らなくても」守って頂けるという意味ですから、「祈ればなおさらのこと」神仏の御守護を受けられるということです。したがって、この文言は決して「祈らなくとも宜しい」という意味ではありませんので、誤解されませんようお願い申し上げます。 合 掌



神仏からの御霊示と神直先生の御法話



生を奢る者は死を恐れる


無私の祈りはこの世における究極の善


宮沢賢治の『よだかの星』について思うこと


物質宇宙の起源


魂の起源



神仏が意図されている地球の役割




祈りに関して①



祈りに関して②



信仰と科学


神仏への祈り(万物万精を育む祈り)


拝神の略式手順(推定十分)