神仏が意図されている、地球の役割   

「信仰と科学」で指摘させて頂きましたように、神仏は、宇宙創造・地球誕生・生命誕生と進化などにおいて、数々の奇跡を起こされました。神仏は、どのような意図のもとに、これらの奇跡を起こされ、ついには人間を出現させたのでしょうか。

 宇宙の目的に関して、神直先生は、「人は、象という神仏の背中によじ登った蟻のようなもの。蟻は、象の長い鼻も大きな耳も長い牙も知ることは出来ない」、とおっしゃいました。したがって、ここでは全宇宙の究極の目的などについて空想を述べるのを避け、神仏が意図されている地球の役割だけを考えてまいります。

 人間を出現させた意図に関しては、先生から、「人は、魂修行をするためにこの世に出されている」との御教示があります。これを、突き詰めてまいりますと、「神仏は、人間が魂修行を完成させて、役之行者尊や釈尊の様な神仏になることを期待されている」と言えそうです。しかしながら、多くの方々は、「宇宙にも地球にも目的などない。人間は、この地球上でただ繁殖しているだけだ」と主張されます。これらの方を十分に説得できるとは考えておりませんが、神仏が我々の魂修行のために用意されたと思われる仕組みを呈示することで、「ひょっとすると、そうなのかも」と思って頂けるかもしれません。そこで、以下にその仕組みの一端をピックアップしてみたいと思います。テーマがテーマだけに、赤ちゃんのヨチヨチ歩きの様な記述だとの自覚はございますが、どなたかの参考になるかもしれないと思い、記させて頂きます。


魂修行に向けられた神仏の御配慮

御配慮一 霊魂を肉体に宿らせる

 霊魂の能力は肉体によって制限されております。例えば、霊魂だけの状態では、瞬時にいろんな場所に移動できますが※、肉体に宿っている場合にはそういうわけにはまいりません。それなのに、どうして神仏は霊魂を肉体に宿らせているのでしょうか。
 肉体があるからこそ、快適に暮らせる家が欲しくなります。肉体があるからこそ、病気になったり死ぬことが怖くなります。多くの苦しみ、これとは反対の多くの快楽やよろこびは、「肉体から生ずる」欲望が原因となっております。これらの苦しみを克服し、快楽を節度あるものに調整することによって魂は向上いたします。つまり、肉体は魂が向上するのに必要な機会を提供してくれております。

御配慮二 寿命を制限し、輪廻転生させる

 人は高齢になると、可塑性(かそせい)※が乏しくなります。そこで魂修行という観点からするならば、一度に何百年・何千年という人間としての寿命を与えるより、ある程度の年齢になったら一旦肉体から離脱させ(死亡)、霊魂だけの状態で直前の一生を反省する期間※を与え、その後ふたたび肉体に宿らせる(転生)ということを繰り返すほうが効率的です。そうすることで、限りある地球資源をより多くの霊魂に分配できる、すなわちより多くの霊魂にこの世における修行機会を与えられると、神仏は考えられたのでしょう。

※可塑性 発達心理学においては、現在持っている性格や行動特性が、訓練やしつけによって変化しうることを意味します。  

※反省する期間
 生前の行いが良くない魂は、この期間中に「地獄」と呼ばれる世界に入れられるとされております。この地獄に対する日本人の考え方に大きな影響を与えてきたのが、源信の『往生要集』です。しかしながら、この本の地獄の描写は、あまりにも空想的であるため、現在の人間には受け入れ難いようです。そうかといって、「地獄」をどのようにイメージするかは、人間心理の深い部分に影響いたしますので、放っておくわけにもまいりません。そこで、後日、神直先生から伺った「あの世」に関する情報をアップしたいと考えております。

御配慮三 前世までの記憶の扱い 

 私は、死後も、意識すなわち霊魂は存在し続けると考えております。その上、意識と記憶は切り離すことが出来ないため、記憶は意識すなわち霊魂とともに存在し続けると考えております。かかる考え方が以下の記述の前提となっております。

 人は経験(記憶)をベースにして、いろいろな物事を判断いたします。すなわち、記憶は、それを保持している者の思考の傾向を決めてしまいがちです。そのため、我々が前世までの記憶に容易に接近できるとなると、その記憶に今世における思考や判断が影響され、飛躍的な魂の向上は望めないことになってしまいます。
 そうかといって、我々が、前世までの記憶から一切影響を受けないというのも不都合です。なぜならば、前世までの修行の結果を今世にまったく活かせないことになるからです。それでは、人は生まれ変わるたびにゼロから出直すことになってしまい、いつまで経っても神仏に近づくことなど出来そうにないからです。
 実際の我々はどうでしょう。一方で、前世までの記憶にアクセスできませんが、他方で、無意識部分(私は、ここに前世までの記憶があると考えています)が、我々の性格や判断に一定程度の影響を与えております。まさしく、修行のための理想的な仕組みが実現されていると言ってよいようです。


御配慮四 
生物進化の歴史は、意識対象拡大の歴史

無性生殖
 単純に増えることだけを考えれば、効率が良いのはオス・メスのない無性生殖です。メスは、オスの存在を必要とせず、自らを分裂させて、あるいは自らのコピー遺伝子を持った卵を生んで増殖できるからです。しかしながら、この方法だと、同じ遺伝子セットのコピーを繰り返すため、増えた個体間に差異がありません。環境が安定していればそれでも問題ありませんが、水質が悪くなったり、気温が高くなったり低くなったりなどの環境悪化が起これば、全個体が適応できずに最悪の場合、絶滅してしまいます。

 ①無性生殖の場合、意識は、自己の生存のみに集中いたします。


有性生殖

 
多くの高等生物は、雌雄がある有性生殖です。有性生殖では、遺伝子がシャッフルされるので、生まれてくる個体の遺伝子はそれぞれで異なります。そのため、環境悪化に遭遇しても絶滅せずに生き残る可能性が高くなります。このメリットとともに、異性の存在は、意識を活発化させるという点において大きく寄与しております。というのも、有性生殖の場合、相手を獲得するために様々な葛藤や競争が生まれるからです。
 人間には「出産に適した時期(繁殖期)」がないので、一年中この葛藤や競争が継続いたします。そのため、人間の場合、他の動物より異性の存在は大きいように思われます。流行歌やテレビドラマで、男女の恋愛をテーマにした作品があきれるほど多いことが、その証(あかし)と言えないでしょうか。
 
②有性生殖の場合、個体の意識は、異性に、伴侶に、子や孫にも及びます。


弱肉強食

 すべての生きとし生けるものの世界は殺し合いの世界、修羅の世界です。動物は、文字どおりの生死をかけた弱肉強食の世界で、絶えず意識を研ぎ澄まし進化させました。
 
テレビなどで、ライオンがシマウマを捕食するシーンなどを見ると、「どうして、神仏はこのように残酷な世界を出現させているのだろう」と疑問に思われるかもしれません。しかしながら、ライオンなどの捕食者の存在は、草食動物の個体数を制御するのに役立ち、ひいては生態系のバランスを維持するのに役立っております。本能のままにしか生きられない者達の場合、弱肉強食もやむを得ないのかもしれません。
 植物の場合、意識の有無すら判別しにくい状態、いわば冬眠状態に留まっているように思われがちですが、我々人間が気がつかないだけで、意識は活発にはたらいていることが分っております。


ヒトに言葉を与えた
 弱肉強食の世界では、ヒトの意識は自分と家族の生命を守ることに集中してしまい、それ以上の思考がなかなかできません。そこで、神仏は、このような世界からヒトを脱出させるためにヒトに言葉を与えたと、私は考えております。言葉を獲得したことによって、ヒトは、危険を教えあったり、集団で狩りを行ったり、知識や経験を共有したりすることで被食者の立場を脱することが出来ました。
 言葉を与えられた人間は、やがて「真・善・美」などの抽象的な概念までも認識できるようになり、さらには、神仏や先祖の霊を意識できるようになりました。信仰が誕生した瞬間と言ってよいでしょう。
 
③言葉を得たことによって、ヒトの意識は、自分と家族を離れた赤の他人に、社会に、国家に、人類全体に、全生命へ、先祖の霊や水子の霊へ、万物万精へと広がっていく可能性が出てまいりました。この段階に至って、やっと、神仏が指導するに値する意識の素地が出来たと言ってよいでしょう。

 

 肉体を通じて為す魂修行を完成した後はどうなるのでしょうか。これについて、先生からの、「神仏は、修行を完成させた御霊(みたま)に、人間に万物万精の調整者として生きるよう指導する役目を与える」という御教示があります。人間としての生命を生きた御霊こそ、人間を指導するのに相応しいと、神仏は考えておられるのでしょう。

 以上から、神仏が地球を誕生させ人間を出現させた意図とは、「新たな神仏とその眷属衆(ごけんぞくしゆう)を生み出すことである」と、私は考えております。なお、修行を完成させた御霊は、やがては宇宙の守りにつく」との教祖先生による御教示もございます。

 我欲にまみれた我々が、そう簡単に神仏になれる筈がありません。本当の神仏になるには、何年もの生死をかけた厳しい修行が必要だからです。そうは申しましても、役之行者神変大菩薩様や釈迦如来様ばかりでなく、我々が御名前を存じ上げないだけで、神格化※した方々はかなりの数おられます。世界中を見渡せば、今までに神格化した神仏とその御眷属衆を合わせると、数十万という単位になろうかと思われます。我々は、神仏の御眷属衆のそのまた眷属の末席にでも加えて頂けることを目指すのが分相応のようです。

 

※神格化 
 
ここでは、「〝神仏によって〟神仏だと認められること」という意味で使っております。ちなみに、神仏として祀られてはいないけれど神格化している方々が数多くおられます。これとは反対に、神仏として祀られておりますが、実際には人間の都合でつくられた、神格化していない神仏も数多く存在いたします。

                        

参考文献
『宇宙を支配する6つの数 マーティン・リース』

『植物は知性をもっている ステファノ・マンクーゾ』

『宇宙はなぜこんなにうまくできているのか 村山斉』

『宇宙からいかにヒトは生まれたか 更科 功』