濃淡庵(旧小角堂)主人
莞爾閑人 長屋曲草
「人生はギャグである」 |
| 莞爾閑人 長屋曲草の略歴 (またの名を小角堂マスター、またの名を濃淡庵主人、またの名を倣古仏師光蔵坊) |
| 1964年(昭和39年) 名古屋生まれ。 |
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| ■ 幼少期〜青年期 ■ 5歳の時、アポロ11号の月面着陸に興奮。宇宙の神秘に心奪われる。 6歳の頃よりクラッシック音楽を聴きまくる。(とりわけチャイコフスキーがお気に入りだった) 7歳の頃、仏教の奥深さに興味を持つ。(テレビ・アニメ「ゲゲゲの鬼太郎」がきっかけ) 8歳の頃、映画の面白さ、奥深さ、凄さに目覚める。(テレビで「ベン・ハー」を観て感激する) 9歳の頃、さらにキリスト教、特に聖書の記述に興味を持つ。(とある牧師との出会い。日曜学校にも通う) 10歳の頃、読書の面白さ、奥深さ、素晴らしさに目覚める。(ヘミングウエイの「老人と海」に感動) 11歳の時、仏教の守護神「迦楼羅王」が千手観音二十八部衆の一尊であることを知る。(京都三十三間堂にて) 12歳の頃より西洋絵画(油絵)の専門教育を受ける。(近所の絵画教室のじじいに手ほどきをうける) 13歳の頃よりヒンドゥー教、イスラム教、ユダヤ教など、世界の様々な宗教学に興味を持つ。 14歳の頃より勉強そっちのけで、読書三昧、音楽三昧、映画三昧、絵画三昧の日々をおくる。 ●学生時代(高校〜大学)に、日本古美術、仏教美術、東洋美術、西洋美術史、現代美術、色彩学、美術解剖学、 心理学、宗教学、東洋思想学、インド哲学、古代史、民俗学、比較文化論、宇宙物理学などを学ぶ。 |
| ■ 登山家として ■ 高校時代より本格的登山を始める。 大学山岳部を経て社会人山岳会「小角山岳会」を設立。 ・鈴鹿山脈(御池岳を皮切りに御在所岳、鎌ヶ岳、霊仙山など、有名ピークの殆ど) ・北アルプス(槍ヶ岳、穂高連峰、剣岳、立山三山、白馬岳、燕岳、大天井岳など) ・八ヶ岳(赤岳、横岳、硫黄岳、権現岳、阿弥陀岳、編笠山など。冬季登山も行う) ・その他(木曽駒ヶ岳、乗鞍岳、御嶽山、恵那山、伊吹山など) 後に夢であったヒマラヤ登山を実現する。 ・ネパール側 最高到達地点 (自己最高登攀記録) アンナプルナ トロンパス 標高5416メートル ・チベット側 最高到達地点 チョモランマ ベースキャンプ(ロンボク) 標高5200メートル ※登山と修験道を合わせ考え、役行者と縁を持つに至る。 |
| ヒマラヤ アンナプルナにて |
| ■ ヨガの修行者として ■ 24歳の時、インドのリシケシにてヨガの修行をする。 ※リシケシとはインド北部、ヒマラヤの麓にあるヨガの大聖地。 ネパール滞在中、ある人物と出会い、その人物にヨガについて熱く語られた。 インド放浪中、その影響か、不意に思い立ちニューデリーよりリシケシに向かう。 数十件に及ぶヨガのアシュラムの扉を叩いたが、ことごとく入門を断られる。 途方に暮れ、諦めかけた日暮れ時、最後に叩いた扉が開いた。 入門を許してくれたのは、スワミ=ヨーゲシ・ヴァラナンダが創設したアシュラム「ヨガニケタン」。 この日からヨガ行者となり、苦行に明け暮れる日々を経験。 ラージャ・ヨーガとハタ・ヨーガの両界を学ぶ。 ※スワミ=ヨーゲシ・ヴァラナンダは日本でも有名なシヴァナンダと並ぶヨガの伝説的大聖人。 ある日、ガンジス川の源流の河原で一人瞑想中、この世界が「梵我一如」であることに気付く。 また、ヴァラナンダの教え「魂の科学」により、「輪廻転生」と「六道輪廻」のヨガ的考え方を学ぶ。 この時の経験により、「ヨガ」とは如何なるものかを理解する。 <影響を受けたヨガ導師、インド哲学者> ・ パラマハンサ・ヨガナンダ ・ スワミ=ヨーゲシ・ヴァラナンダ ・ スワミ=シヴァナンダ ・ シュリ・チンモイ ・ ジッドゥ・クリシュナムルティ |
| 「ヨガニケタン」の門の前にて |
自分の修行小屋の前で瞑想中 |
| ■ 影響を受けた(好きな)アーティスト ■ <音楽> (ロック・ヴォーカル) ジョン・アンダーソン、グレッグ・レイク、ピーター・ガブリエル、アンドレ・バルザー、デヴィッド・バーン、 ジャニス・ジョプリン、ニナ・ハーゲン、トム・ウエイツ、フレディ・マーキュリー、スティービー・ワンダー、 ボブ・マーリー、スティング、などなど (ロック・グループ) YES、EL&P、ピンク・フロイド、キング・クリムゾン、ジェネシス、アトール、トーキング・ヘッズ、 レッド・ツェッペリン、クイーン、ポリス、イーグルス、セックス・ピストルズ、などなど (ジャズ) ソニー・ロリンズ、トミー・フラナガン、エリック・ドルフィー、デイヴ・ブルーベック、ビル・エヴァンス、 ジェリー・マリガン、チャールス・ミンガス、マイルス・デイヴィス、キース・ジャレット、などなど (ジャズ&ブルース・ヴォーカル) アーネスティン・アンダーソン、アルバータ・ハンター、ニーナ・シモン、ルイ・アームストロング、 チャット・ベイカー、などなど (ブルース) ロバート・ジョンソン、ピンク・アンダーソン、フロイド・カウンシル、ライトニン・ホプキンス、 ソニー・テリー、ブロウニー・マギー、マディー・ウォーターズ、バディ・ガイ、などなど (クラッシック) チャイコフスキー、リヒャルト・シュトラウス、バッハ、モーツァルト、ムソルグスキー、ワーグナー、 ベートーベン、ブラームス、プロコフィエフ、マーラー、ホルスト、シベリウス、などなど (ラテン・アメリカン・クラッシック) アルベルト・ヒナステラ、マルティヌー、アストル・ピアソラ、エルネスト・レクオーナ (指揮者) ヘルベルト・フォン・カラヤン、カール・ベーム、カール・リヒター、ウルフガング・サヴァリッシュ、 ネビル・マリナー、ズービン・メータ、ワレリー・ゲルギエフ、朝比奈隆、などなど (国内) 上条恒彦、ムッシュ・かまやつひろし、泉谷しげる、RCサクセション、三上寛、ゲルニカ、ザバダック、 藤山一郎、李香蘭、喜多郎、坂本龍一、武満徹、などなど <芸術系> (絵画) レオナルド・クレモニーニ、バルチュス、アンドリュー・ワイエス、サルバドール・ダリ、 ルネ・マグリット、マックス・エルンスト、フランシス・ベーコン、パブロ・ピカソ、 ピエロ・デラ・フランチェスカ、ピーテル・ブリューゲル、などなど (立体) ジャン・アルプ、ブランクーシ、マリーノ・マリーニ、ジャコメッティ、ロダン、ミケランジェロ (その他) マルセル・デュシャン、アンドレ・ブルトン、マン・レイ、フォン・タナ、ハンス・ベルメール、モーリス・ベジャール 赤瀬川原平、南伸坊、みうらじゅん、田中泯、寺山修二 (日本美術) 俵屋宗達、尾形乾山、丸山応挙、葛飾北斎、鳥山石燕、速水御舟、熊谷守一、向井潤吉 (仏師) 鞍作止利、運慶、湛慶、木喰、円空 (書家) ちょ遂良、顔真卿、金農、中林悟竹、副島蒼海、中村不折 <作家> (日本文学) 司馬遼太郎、内田百閨A江戸川乱歩、夢野久作、永井荷風、梶井基次郎、井伏鱒二、横光利一、国枝史郎、 星新一、阿部公房、筒井康隆、新田次郎、中上健二、などなど (海外文学) ホルヘ・ルイス・ボルヘス、ウンベルト・エーコ、ジョルジュ・バタイユ、ハンス・ヘニー・ヤーン、 ヘルマン・ヘッセ、ヘミング・ウエイ、エドガー・アラン・ポー、レイモンド・カーヴァー、などなど <学術系> (民俗学) 柳田國男、折口信夫、南方熊楠 (物理学他) アルベルト・アインシュタイン、スティーヴン・ホーキング、カール・セーガン、カール・グスタフ・ユング <映画> ベン・ハー、アマデウス、薔薇の名前、アポロ13、、レッドオクトーバーを追え、七人の侍、鬼龍院花子の生涯 ※ 詳しくは、「お薦め映画リスト」 参照 |
![]() わが師と仰ぐジョン・アンダーソン |
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名古屋にてディスプレイ・デザイナーとして就職。
1986年 「新制作展」東京本展に入選。 この入選により、朝日新聞から取材の申し込みを受けるが、有料と言われ即座に断る。 (取材で有料って、それ取材じゃねえだろー!) イラスト・レーターへ転職。 1987年(23歳)名古屋伏見の画廊にて初個展。 当時、現代アートの発信地のような人気ギャラリー「ラヴ・コレクション」にて。 (この間グループ展の参加多数) 1988年(24歳)◆上海へ。神戸より船(鑑真号)で出国。 (これより一年間アジアを放浪する) <以下詳細> ・中国= 上海〜青島〜大連〜瀋陽〜北京〜洛陽〜大同、など ・モンゴル(内蒙古)= 呼和浩特〜モンゴル自治区外の大草原(外蒙古)、など ・シルクロード =トルファン〜カシュガル〜パキスタン国境〜アフガニスタン国境パミール高原〜烏魯木斉〜敦煌、など ・チベット= ゴルムド〜ラサ〜サムイエ〜ギャンツェ〜シガツェ〜サキヤ〜ティグリー〜ダム、など ・ネパール= カトマンドゥ〜パタン〜ポカラ〜ジョムサムー〜ムクチナート〜タトパニ〜ルンビニ、など ・インド〜= パトナ〜ベナレス(バラナシ)〜ブッダガヤ〜デリー〜リシケシ〜アグラ〜ジャイプール〜アジャンタ〜エローラ〜 カジュラホ〜ボンベイ(ムンバイ)〜ゴア〜コバラム〜トリヴァンドラム〜マプサ〜カニャクマリ〜カルカッタ、など ・タイ= バンコク〜チェンマイ〜チェンライ〜メーサイ〜スラータニ〜サムイ島、など <チベット、ネパールにおいて夢であったヒマラヤ登山(トレッキング)を行う> ●チベット側より ・チョモランマ(エベレスト)ベースキャンプ(ロンボク)5200メートル。 ・チベットの無名峰 4200メートル。 ●ネパールにおいて ・アンナプルナ一周 (一ヶ月間のトレッキング) ・アンナプルナ・トロンパス 5416メートル。(自己最高到達地点) ・アンナプルナ内院(ベースキャンプ)4130メートル。 ※ マチャプチャレ(6993)ガンガプルナ(7455)ニルギリ(7061)などの間近に迫る。 ※ ダウラギリ(8167)マナスル(8163)などを遠望する。 1989年(25歳)旅行中、タイで「クッキー事件」発生! 放浪の旅の終盤、バンコクに向かうバスの中で、事件に巻き込まれ有り金全部奪われる。 日本の新聞には「クッキーに睡眠薬!」との見出しで、大きく報道され、 さらに、テレビでも全国ネットのニュースで大きくとりあげられた。 (あ〜、ハズカシ) ※ 帰国後、心ある友人達から「睡眠薬入りクッキーで寝てしまうって、オマエはサルか!」と褒められる。 帰国後グラフィック・デザイナーとして就職。 ★この年、昭和64年1月7日、昭和天皇崩御。元号が「昭和」から「平成」に変わる。 1月8日より「平成」となり昭和64年は平成元年となった。 しかし、旅の途上で国際的なニュースがまったく届かない場所に居たため、日本国内の大騒動はまったく知らなかった。 「天皇崩御」「昭和から平成」というニュースを知ったのは、約一か月後、インドのニューデリーに入った時だった。 1990年 ◆アメリカ ハワイへ。(オアフ島のみ) ハワイを見てみたいという単なる観光旅行だったが、ポリネシア文化を垣間見ることができた。 1991年 設計事務所へ建築デザイナーとして転職。 1992年 ◆アメリカ ニューヨークへ。(メトロポリタン博物館、MOMA、ソーホーの現代美術画廊など) 近代美術と建築を訪ねて。また、伝説のライヴ・ハウス「スィート・ベイジル」や「ファッツ・チューズデイ」 などで、本場のジャズを聴く。また、ブロードウエイではミュージカルの「キャッツ」を鑑賞する。 ※ 「スィート・ベイジル」では一番好きなピアニスト、トミー・フラナガンのピアノ・トリオを間近で見れた! 「ファッツ・チューズデイ」では伝説のギタリスト、レス・ポールのギター・トリオ・ライヴを見れた! この二つのライヴを見れたことは奇跡としか言いようがない。 |
![]() レス・ポール (右) |
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| (注)トミー・フラナガンはジャズの数々の歴史的アルバムに参加している伝説的ピアニスト。 特にソニー・ロリンズの名盤「サキソフォン・コロッサス」での演奏は最高である。(2001年没) レス・ポールはギブソンの有名ギター「レス・ポール」の生みの親。世界一有名なギターに名を残すギタリスト。 エレキ・ギターの発明者でもある。ギターのテクニックは超絶で他の追従を許さなかった。(2009年没) |
| 1994年 4月17日 (29歳) 日本画家 加藤容子と結婚 |
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1994年 ◆トルコへ。(イスタンブール、カッパドキアなど) モザイク画、宗教絵画などを訪ねて。 1995年 ◆インドネシアへ。(バリ島、スマトラ島、ジャカルタ島) バリ絵画、インドネシア彫刻、バリ・ヒンドゥーの古美術を訪ねて。 バリの古典舞踊「バロン・ダンス」や「ケチャック・ダンス」などを鑑賞する。 インテリア・デザイナーへ転職。 ※ この頃より硯と墨に興味を持ち研究を始める。 ●本格的に墨のアート、書、水墨画などの製作を開始。 特に硯には並々ならぬ関心を持ち、東京在住の日本を代表する硯の専門家を師匠に、様々な教えを受ける。 また、名硯を求めて、東京、大阪、京都、奈良、岐阜、静岡などの専門店を訪ね歩く。 ※ 現在、宋代(800年前)の古硯を初め100面以上の古硯、銘硯を所有。 濃淡庵硯林として保存し、公開している。 ●陶芸に目覚め、作陶、焼き物の製作を始める。 愛知県瀬戸市の窯元に毎週通い、作陶に励む。特に得意としたのは水滴の制作であった。 制作した作品は、後にオープンする「小角堂」のギャラリーで殆ど売ってしまった。 ●この頃より、書、水墨画、墨象などの依頼多数。 商業施設、店舗などの壁画、襖絵、掛け軸など多数手がける。 多い時には一月に100枚を超える水墨画を制作した。(殆ど毎日徹夜状態) また、現場での制作で、地元名古屋以外に、東京、大阪、京都、浜松、静岡、横浜などへ出張制作する。 1996年 ◆ネパール再訪。(カトマンドゥ〜ポカラ〜パタンなど) ヒンドゥー教、ネパール仏教、チベット密教の古美術と 現代の仏像やマンダラ製作の現場、工房、職人達を訪ねて。 ◆御縁が有り、シンセサイザー。ミュージシャンの喜多郎さんの結婚披露宴に出席する。 |
| 喜多郎さんと |
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1998年 ◆中国 雲南省へ。(広州〜昆明〜麗江〜大理) 雲南省へ少数民族の美術と文化を訪ねる。 特にトンパ文字とトンパの宗教に重点をおいて。 ※ 雲南省博物館鑑定局の許可のもと、トンパの経典の他、明代の仏像、古硯など多数の文物を持ち帰る。 1999年(35歳)脱サラ。 「小角堂」オープン。 <小角堂 花の木店> 名古屋市西区花の木にて。 店舗は古民家をイメージした作りで、カフェとバーにギャラリーを併設したお店。 ギャラリーでは、古美術、骨董、作家物などと共に、自作の作品、特に陶器を中心に展示販売。 |
![]() 小角堂 (花の木店) 入口 |
![]() 店内 ホール |
![]() ギャラリー スペース |
![]() ギャラリー スペース |
![]() 高田純次さん(中) 柴田理恵さん(右) |
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| 2001年 ◆中国 上海へ。(上海再訪) 清朝末期の陶磁器、古美術と中国家具の買い付けに。 ※ 上海の骨董、古美術店に並ぶものは99.99%が贋物である。 2002年 ◆ウズベキスタンへ。(ヒワ〜ブハラ〜サマルカンド〜タシケント) サマルカンドの焼き物とタイルを求めて。 ※ サマルカンドの焼き物やウズベキスタンの伝統的織物であるスザンニの他、 ロシア正教のイコンなどのロシアの宗教美術品を多数持ち帰る。 ●その後、ウズベキスタンでガイドを務めてくれたタタール人のルスタム・ビグバエブ氏と 伝統的織物スザンニの輸入販売の仕事を共にする。通算数十枚にのぼるスザンニを輸入し ギャラリーで焼き物と共に展示や販売を行いウズベキスタンの文化や芸術を紹介する。 2003年 ◆イタリアへ。(ミラノ〜アッシジ〜フィレンツェ〜ベネチア〜ローマ〜バチカン) ルネッサンス芸術、キリスト教絵画、フレスコ画を訪ねて。 ※ この旅の経験が、後に携わる「名古屋港イタリア村」の仕事で大いに役立つ。 2004年(40歳)「小角堂」 山梨県八ヶ岳に移転。 <小角堂 八ヶ岳店> (大手リゾート開発会社の依頼により) 設計、デザイン、プロデュース、運営を任される。 囲炉裏を中心とした100坪の古民家風のカフェと東洋古美術&西洋アンティークの ギャラリー「八ヶ岳 小角堂」としてオープン。八ヶ岳の現代作家達と交友を深める。 |
| 小角堂 (八ヶ岳店) 外観 |
ギャラリー ホール |
| 店内 ホール |
囲炉裏 |
| 2005年 「名古屋港イタリア村」のデザイン、壁画制作などの依頼を受ける。 20件近い戸建店舗の外観カラーデザイン、1/100スケールの模型の制作、 店内巨大壁画の製作、中央ステージバックの壁画制作、各店舗内壁画制作など。 ※ 製作に半年以上携わった施設のあまりにも愚かな終焉は笑う以外にない。 2006年(42歳)「小角堂」名古屋に戻る。 (約二年間の八ヶ岳での活動を終える) 「おでんバーOZNU (小角堂)」として再開。 <小角堂 仲田店> 千種区仲田にて。 一戸建ての民家を改装。古民家の中にモダンなデザインを取り入れた。 おでんとカレーとジャズをメインにした、高文化レベルのバーを目指した。 |
| 小角堂 (仲田店) 外観 別名 ODEN BAR OZNU (オデン・バー・オヅヌ) |
店内 バー・カウンター カウンターはオニキスで出来ており内部照明でボンヤリ光る |
| 500枚近いレコード・コレクション |
サウンドは最高 |
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●10年間に及ぶ仲田店での営業で現在の「小角堂メンバー」が出来上がる。 様々なジャンルの達人達が集い、夜毎語り合い、教え教えられ、刺激し合う。 容赦のないトーク・バトルに、会話に入れない残念な輩は弾き飛ばされていった。 やがて、店としての目標であった高文化レベルの空間が出来上がる。 (メンバーとなった仲間達とは、小角堂がなくなった今でも、楽しい交流が続いている) 2015年(51歳)「小角堂」 閉店。 (12月27日にて) 閉店理由は「画業に専念する為の八ヶ岳移住」による。 17年間の飲食店経営に終止符を打つ。 2016年(52歳)八ヶ岳に移住。 2月3日、ちょうど節分の日から八ヶ岳での生活が始まる。 2017年(53歳)自宅兼アトリエ「もののけハウス」完成。 外部にウッド・デッキとテラコッタ・タイルの庭を作り、内部には、「画工房 濃淡庵」「アトリエ エルマル・キリセ」 をはじめ、「フォレスト・バー OZNU」「ベンボー亭」「ハイジの部屋」など理想的な空間を実現。 2019年(55歳)「石の上にも三年 山の中にも三年」 令和元年。 平成が終り、令和の時代となる。 この年より、太極拳を学び始める。 習っているのは「楊名時太極拳二十四式及び八段錦」というもの。 太極拳を通じて、年末に憧れの大スター、上條恒彦さんと知り合いになる。 |
憧れだった大スター 上條恒彦さん 自分が持っているのは人生で初めて父に 買ってもらった上條さんのLPレコード |
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| 2023年(59歳) 令和五年。 長年の夢の一つであった薪ストーブを入れる事が出来た。 思いは正しければ必ず叶う物である。 2024年(60歳) 令和六年。 還暦を迎える。 十干十二支を一回りし、赤いチャンチャンコを着る時が来た! 2025年(61歳) 新たなる旅立ち |
| 以上のような経歴により肩書きとしては、 画家、書家、陶芸家、造形作家、仏師、デザイナー、文筆家、絵本作家、登山家、宗教哲学者などなど。 今後更に肩書き通りの活躍をしていく予定也。 |
| 「人生はギャグである!」 |
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