◆心華獨笑◆ 
第四百五一稿
 「ブーシカよ、永遠に」




ブーシカや、おまえか



 このお盆、我が家には初盆を迎える魂がある。

 愛して止まない我が子、最愛のブーシカが、5月の末、その可愛い小さな息を引き取った。

 すでに四十九日は終え、流し続けてきた涙も漸く乾いた。

 今ここに、お盆で戻ってきた、愛しのブーシカの魂と共に、在りし日の思い出に浸りたい。



 

ブーシカは森の王者だった





ブーシカはノラの森猫だった

たまに我が家にご飯を食べに来ていた
 ブーシカとの奇跡的な出会いについては、もう何度も書いているが、今一度、追悼の気持ちで、ここにその経緯を詳しく記したい。

 12年一緒に暮らした最愛の我が子、ゴールデン・レトリーヴァーのマフィンが虹の橋を渡り、涙に明け暮れていた。あまりの悲しさに、もう生き物を飼うのはよそうと思っていた。一年が過ぎても、その悲しみが癒える事はなかった。ふとした時に、気付くとじんわりと涙を滲ませて、マフィンのことを思い出しているという有様だった。

 マフィンが残していったドッグ・フードを器に入れて、外のデッキに出しておいた。もののけの森には多くの森猫が居り、入れ代わり立ち代わり、マフィンのご飯を食べにくるのだ。そのカワイイ姿を眺めて、寂しさを紛らわしていた。

 しかし、よく来る何匹かと、顔馴染みになったと思って、撫でようとすると、素早く逃げるか、唸って威嚇してくるか、最悪の場合爪で引っ掻かれ流血事件となった。やっぱり、野生の森猫達は、そう簡単には懐かないんだろうな。



 或る時、一匹の新顔が現れた。その新顔は中々立派な体格をしており、風格さえあった。そして、ここが元から自分の縄張りであるかのように泰然と振舞っている。はじめの頃は、たまにしか見なかったのだが、だんだん来る頻度が増えてきて、三日に一度になり二日に一度になり、そのうち毎日のようにやって来るようになった。

 そして或る日、なんの躊躇も無く、家に上がり込んできた。そして悠然とソファーの上に寝そべり、さも当然のような顔をした。なんじゃ?コイツ。

 コイツ、どこかの飼い猫かなあ。他の猫達と比べてもあまりにも人馴れしているぞ。ん〜、でも首輪してないなあ〜。それに、けっこう汚れてバッチイぞ。やっぱり森猫なのかなあ。にしては、あまりにも物怖じしないなあ。なんと他の森猫達と違って、この子だけは頭を撫でさせてくれたのだ。しかも撫でるとゴロゴロと甘えた声を出す。

 その猫は、暫くうちの中で寛ぐと、また森の奥へ帰って行くのだった。そんな日が何日か続いていた。


ごめんなすって

遠慮なく家の中に入って来た





触っても撫でても怒らない

ゴロゴロゴロ〜
 たまに来ない日があると、心から心配するようになっている自分達に驚いたものである。そして或る夜、ついに、はじめてお泊りしていったのだ。

 それからは、殆ど毎晩、我が家で寝るようになった。ただ、昼間は森の何処かに行ってしまうのだが、夜になるとデッキのガラスに黒い影が現れ、ニャ〜と鳴く。我々は、お帰り〜と言って中に入れてやるのだ。

 やがて、森に居る時間と我が家に居る時間が逆転して、圧倒的に我が家に居る時間が長くなり、ついには殆ど家に居るようになった。毎日、必ず森に出かけては行くのだが、その時間はそれほど長くなく、恐らく縄張りのパトロールに出かけるのだろう。

 この子、ウチで飼っちゃおうか。だって、コレ、もう殆どウチの子じゃん。そう話している頃、たまたま集落の住人と会い、この猫の事を訊ねると、やはりノラだとわかった。この辺りでは有名なノラで、集落の住人たちは「トラ」と呼んでいるという。

 ということは、誰かの飼い猫ではない。よし!ウチで飼っちゃおう!じゃあ、名前を付けて、首輪も付けて、お医者さんにも連れて行こう。

 名前は、よーこが「ブーシカ」と名付けた。我が家の愛すべきいたずら坊主、ブーシカの誕生である。マフィンが旅立ってからちょうど1年。一周忌を向かえる頃だった。



 

オマエ、どこかの家の子か?
 

ウチが気に入ったのか?

ウチの子になるか?



 

ゴロゴロゴロ〜  この子は人の手が大好きなのだ



 そうしてウチの子になったブーシカ。我々に完全に懐き、後をついて回り、膝に乗り甘えて、寝るときは布団に入って来るし、トイレにまでついて来る。撫でまわしてクチャクチャにしても、怒るという事は皆無だった。

 でも野生の本能は失っていない。時には、おそらく縄張り争いで大喧嘩をして、血まみれで帰ってきたこともあった。その度に、なんども消毒して治療した。

 また、「猫あるある」なのかも知れないが、森のどこかで野生のネズミを捉え、咥えて帰ってきて、自慢げに見せるのだ。ギャー!ダメダメ!捨ててきなさい!ウチに入れないよー!

 ブーシカが捉えた野ネズミの数は、オーバーではなく、ゆうに100匹を越えている。


ぎゃ!またネズミを咥えて帰ってきた!





こんなブーシカにメロメロになっていく 



 

う〜〜〜ん・・・重い!

寝転ぶとすぐ上に乗ってくる
 

この頃のブーシカは8.5kgもあった

いつも買う5kgの米袋より重いのだ



 

さあ、お散歩に行こうか





デッカイ頭  重い重い
 まさか、自分達夫婦が猫を飼うとは思ってもみなかった。二人とも完全に犬派で、よーこは実家でも幼少の頃から大型犬を飼い続けていた。自分が犬を飼うのは、マフィンが初めてだったが、幼い頃からずーっと犬を飼うのが夢だった。二人とも生き物全般が大好きなのだが、飼うのは犬と決まっていた。

 ところが、今、二人とも猫のブーシカにメロメロなのだ。更に言うと、我が家の中でのブーシカの行動を見ていて、思う事があった。マフィンそっくりなのだ。その仕草や甘え方、耳を傾けてこちらの言う事を聴く態度、怒られると拗ねるところなど、まるでマフィンを見ているようなのだ。

 この子、マフィンの生まれ変わりかも。いや、生まれ変わりじゃないにしても、絶対にマフィンの魂を宿しているよね。マフィンが、この子をよこしたのかもね。そうだ、そうだ、そうに違いない。イタコ猫とでも言おうか!笑。

 そして、一番の驚きが、ブーシカがお気に入りでいつもその上で寝ている、インド製の小さなカーペット。それは、マフィンのお気に入りだった。マフィンが最後の息を引き取ったのも、そのカーペットの上でだったのだ。ブーシカは、それがまるで元から自分のものであったかのように、マフィンのカーペットの上で寛ぐのだ。

 想像していた思いは、確信に変わった。チベット仏教における輪廻転生だ。



 

猫と桜    絵になるねえ〜



 

散歩に出ると必ずついて来る
 

森の王者の風格



 それからブーシカと3人の楽しい日々が始まった。もちろん、マフィンの事を忘れたのではなく、マフィンも共にある、ブーシカと共にある、という気持ち。つまり、3人ではなく、家族4人が共にあった。

 ブーシカは、自分が森に散歩に出かけようとすると、慌てて玄関まで来て、我先に外に出ようとする。これもマフィンそっくりの行動で、いつも笑ってしまう。そして、森を散歩する自分に、ずーっとついて来るのだ。もちろん、リードなどは付けていない。たまに、深い森の中で自分を見失うと、ニャーニャー!と必死に探しながら自分を呼ぶ。まるで親とはぐれて迷子になった様に。倒木に腰掛け、タバコを一服する時は、傍らに寝転び、体をくっ付けてくる。もちろん、家に帰る時もちゃんとついて来て、一緒に玄関を入る。ただいまあ〜。

 もう、愛しくて仕方ない。最愛の我が子になった。マフィンがお姉ちゃんで、ブーシカが弟である。


散歩の途中でも抱っこする





わっる〜い顔 





安心しきって寝る
 完全に我が子になったブーシカだが、ブーシカは我々を「おじちゃん」「おばちゃん」と呼ぶ。マフィンは当然「パパ」「ママ」だった。もちろんこれは、我々が勝手に想像しているに過ぎないのだが。

 マフィンは生後2カ月という赤ちゃんの時に我が子になった。ほんとうにネズミのように小さく、立って歩く時も、まだゆらゆらしているという幼さだった。しかし、ブーシカは既に大人で、しかも他の猫と縄張り争いで戦い、そして必ず勝ち、森の王者として君臨し、大活躍している時に我が子になった。

 だから何となく、ブーシカは「パパー!」「ママー!」ではなく、「おじちゃーん!」「おばちゃーん!」と呼びかけているような気がしたのだ。もちろん、我々おじちゃん、おばちゃんは、実の子として心から愛している。こんな想像するのも、楽しく、また可愛かった。



 

おじちゃーん、ボク眠いんだよー





なんて気持ちよさそうなんだ 


すやすや〜 



 ブーシカが我が子になる前、そのあまりの人懐っこさから、何処かの飼い猫かしら、と思ったというのは書いた。でも、うちの子になってからもその良く出来た行動の不思議さに感心した。

 その一番はトイレである。突然我が家に入って来て、居候を始めたノラの森猫であるはずなのに、ちゃんとトイレを使うのだ。部屋で用を足すことは無く、必ずトイレへ行ってする。誰も教えていないし、しつけなどしていないのに。

 はじめは、トイレの床にしてしまっていたのだが、トイレ以外を汚すことは無い。その行動がハッキリわかってから、トイレの床にペット・シートを敷いた。以後、ブーシカは用が足したくなると、ちゃんとトイレに入り、シートの上で用を足すのだった。なんたる賢さ!

 笑えるのは、外で遊んで帰ってくると、あけてーあけてー、ニャーニャーとうるさいので、開けてやると急いでトイレに駆け込み用を足すのだ。まるで、人間のようだ。

 オマエー、外で遊んでたんなら、外でしてこいよー、と大笑いする。


ぞうの「ぐるんぱ」のぬいぐるみ





ブーシカ、一緒に寝よ〜 





すぐ甘えに来るブーシカ
 また、ブーシカは悪いイタズラはほとんどしなかった。よく聴くのは、猫の爪とぎで、家の家具や椅子、テーブルの脚、壁などが、ガリガリ、ボロボロになるという話。ブーシカはそれをしなかった。爪とぎ用の段ボールは用意してあり、それでたまに爪をといだ。たまにソファーで爪とぎをしようとした時は、「コラ!」と怒るとジッとこちらの顔を見つめ、すぐに止めた。

 いま、我が家のソファーには、その時の僅かな痕跡が残っている。ソファーの背もたれの裏の部分に、少しだけボソボソになっている所があるのだ。この痕跡は、ブーシカがここに生きたという証で、直さずにこのままにしておこうと思っている。



 

もう、離すことは出来ない
 

溢れんばかりの母の愛
 

ブーシカも抱っこが大好き


寄って来ると思わず抱き上げてしまう
 



 

親バカと言われるだろうが、本当に美しい猫だと思う





イケメン猫
 我が家に来たばかりの頃のブーシカは、ほっぺたがパンパンに膨れて、顔が大きく、表情はヤクザのように厳つかった。どう見ても、デッカイ顔だなあ〜と思う。それが、ウチの子になって一年も経たないうちに、変化が起こった。

 ほっぺたが、どんどん小さくなり、顔がシュッとした小顔になっていた。以前のヤクザの親分みたいな顔が、いつのまにかイケメン青年の顔になっていたのだ。いったいこれは、どういうことだ?

 これは、後で調べてわかったことだが、雄猫は、野生でいる時、自分を大きく見せ、相手を威嚇する為に、ほっぺたを脂肪で膨らませ、強さを演出するのだそうな。そんな雄猫も、飼い猫となり、戦う必用もなくなり、安心した環境になると、ほっぺたの脂肪がなくなり、顔が小さくなるとのことだった。

 ブーシカ! おじちゃんとおばちゃんの子になって、安心したんだねー。体に現れた本能的な変化を見て、ブーシカの我々への信頼感が確実なものとなり、更に、愛おしさが倍増する出来事だった。



 

3階へ上がって行くブーシカ

家の中では自由気ままに行動する





我が家は4階まである

或る意味、理想的な猫タワーだ
 


時に書斎のデスクが占領される 





午後の日差しの中で 





雪の中で一緒に遊ぶ
 冬が来て雪が降ると、一緒になって外で遊んだ。

 ♪いーぬは喜び庭駆け回り〜、ねーこはコタツで丸くなる〜

 と歌われるが、ブーシカに限っては雪の日でも外で楽しく遊ぶ。まるで犬の様に。やはり、マフィンが中に入っているのだろうなあ。歌の通り、マフィンは雪で大はしゃぎしたもんなあ。

 やがて、我が家に念願だった薪ストーブが入った。燃える火に、最初は怖がっていたブーシカだが、それも徐々に慣れていった。

 ノラだった頃は、こんな雪の日も、外の何処かの軒下か、森の岩陰とかで、震えて丸くなっていたのかも知れない。でも、もう安心だよ、ブーシカ。あたたか〜い、この家は、オマエの家なんだよ。



 

暖かい部屋の中で


最初は怖かった薪ストーブにも慣れた 



 そんな楽しい日々が何年も続いた。願わくばこの幸せが、ずーっと、ずーっと、永遠に続いて欲しかった。

 ブーシカがウチの子になって、8年が経ち、9年になろうとしていた。ウチの子になって早々に、獣医に連れて行き、色々検査をしてもらった時、先生に大凡の年齢はいくつくらいだろうかと聞いてみた。でも、ノラである為、流石に獣医の先生にも正確な事は答えられず、歯の状態から察すると、恐らく5〜6歳位じゃないだろうか、ということだった。

 その見当から行くと、ブーシカは、今年、14〜15歳位だろうと思われた。

 そんな頃から、ブーシカが徐々に、痩せて行った。今までも、季節によって、多少太ったり痩せたりを繰り返していたので、はじめは気にしていなかた。

 やがて、ご飯の食べる量が減り、水を飲む量も減り、どんどん痩せて行くように見えた。コリャちょっと変だぞ。すぐ獣医に連れて行こう。


あったかくて、眠くなる



 

ずーっと、ずーっと、一緒に居たかった





今見ても泣けてくる
 獣医の診断は腎臓疾患だった。しかも、かなり重度の。猫は必ず腎臓をやられるという知識はあった。だからフードも腎臓ケア用のフードを与えていたのに。

 先生は、点滴と注射をしてくれた。次の日は多少元気になったものの、やはり完全復活には至らない。

 暫く様子を見てまた来てくださいということだったので、数日後、また獣医へ。

 先生の説明によると、もう完治することはないという。点滴と注射で、少しでも苦痛や不快感を和らげてあげることしか出来ないという。後は、残りの日々を、平穏に過ごさせてあげるのが一番だと。

 ショックで言葉も出なかった。





庭で咲いていたマリーゴルドで飾った 



 
 それから、毎日、獣医通いが始まった。毎日、点滴と注射を打つ。毎日、毎日。ブーシカ、がんばれ!良くなれ!と願いつつ。

 治療の甲斐なく、ブーシカはどんどん痩せていき、歩くのもヨロヨロになり、今まで飛び上がっていたベッドにも上がれなくなった。最盛期には8.5sあった体重は、この時、3sをきっていた。

 殆ど、寝たきりの状態になり、ついに寝たままお漏らしをするようになった。それでも生きていた。懸命に生きていた! 手を差し伸べると甘える仕草をしてくる。

 そんな時、自分にやんごとなき理由で、名古屋の実家に帰らなくてはならない事情が出来、後ろ髪を引かれる思いで、帰省した。

 ブーシカ、おじちゃん、ちょっと出かけるけど、すぐ帰ってくるから、
まっててねー。

 名古屋に帰省したその夜、深夜に、よーこからメールが入った。

 「たった今、ブーシカが息を引き取りました。」

 ブーシカは、よーこにくっついて、その小さな可愛い息を引き取ったという。もう既に覚悟はしていたが、よりによって、自分の留守中に逝ってしまうとは!
 

大好きだったオモチャとフードを入れてあげた

そして、いつもじゃれてきた耳かきを、そっと添えた





泣きながら埋葬したブーシカのお墓 


マフィン姉さんと並んで眠る 





ブーシカ、安らかに眠れ

マフィン、ブーシカを頼んだよ
 名古屋から戻ると、小さな箱に納められたブーシカが居た。

 嗚呼、ブーシカ! 嗚咽と涙が止まらない。

 しっかりお通夜をした翌日。庭に咲くマリーゴルドで箱の中を飾り、ブーシカがよく食べてくれたフードと、お気に入りだったおもちゃを納める。そして、耳かきをすると必ずじゃれついてきた耳かき棒を、そっと上に添えてあげた。

 庭の片隅にある、マフィンのお墓の横に、ブーシカを埋葬して、猫ちゃんの形のお墓を作った。

 御線香をあげて、二人で祈る。

 ブーシカ、今までありがとう。ほんっとに可愛い子だったよ。でもこれからもずっと家族4人一緒だよ。マフィン、弟のブーシカを頼んだよ。可愛い可愛いオマエたち、安らかに、安らかに・・・。



 

『ブーシカ・メモリアル』

これは、親友のデザイナー、アツシが作ってくれた





 

ブーシカ、大好き!!





 長々と書いてしまった。最後の方は書きながら、涙が止まらない。今も涙で画面が滲んでいる。

 でも、いつまでもメソメソしていてはイケナイ。こんな様子を見たら、きっと心配するだろう。今頃ブーシカは、大空の上で、お姉ちゃんのマフィンに可愛がってもらい、ふざけてじゃれ合っているに違いない。

 今、お盆の真っ最中。きっと二人揃って、ここへ遊びに来ていることだろう。さあ、一緒に遊ぼうか!

 オマエ達、お盆が終わっても、いつでも遊びにお出で。待ってるよー!!

      

                                    合掌、瞑目、ブーシカよ、永遠に・・・





可愛い息子よ、安らかであれ





令和八年 八月 お盆お中日




前項へ


獨笑のTOPへ
戻る

インデックスへ