◆心華獨笑◆ 
第四百五〇稿
 「恩師との再会」




久々に中野先生とお会い出来た



 8月の頭に名古屋に帰省した。学生時代の先輩である青山さんが、自分と不思議な御縁のある恩師、中野先生との呑み会をセッティングしてくれたのだ。

 はじめは同窓会的にみんなを集めようかという話だったが、青山さんが気を使ってくれて、長屋君が先生とゆっくり喋れるようにと、3人での呑み会にしてくれた。

 指定された店は、名古屋駅のKITTEというビルの地下の飲食店街にある「エリック・サウス」というカレー屋さん。久しぶりに名駅の地下街を歩いた。



 

「エリック・サウス」というカレーのお店





久しぶりの名古屋の地下街は賑やか
 今回の呑み会は、今年の5月に名古屋で開催された青山さんの個展に行ったことが切っ掛けだった。その時、青山さんにお会い出来て、お喋りをする中、またみんなで呑み会やる時は自分にも声を掛けてねと、お願いしておいた。

 7月に入り、青山さんから連絡を戴き、諸々打ち合わせをして、今回の呑み会が実行されたのだ。

 自分は、今は無き、「名古屋造形芸術短期大学」の出身である。その時の版画科の先生が中野先生であり、版画科の先輩が青山さんだ。

 自分は洋画科であり、中野先生に直接指導されたわけではない。ただ、ヒマがあるとしょっちゅう版画科のアトリエへ遊びに行っており、実際洋画科のアトリエに居る時間より版画科のアトリエに居る時間の方が長かったくらいだった。

 そこで中野先生や青山さんに仲良くして戴いた。中野先生は、自分の顔を見ると、「オマエ、いっつもココに居るなあ。大丈夫か?」と笑いながら心配してくれたものである。



 やがて卒業をして、暫くは疎遠となっていた。それから風のうわさで、中野先生は学校を辞めて、チベット仏教の修行の為に海外に行ってしまったらしい、という噂を耳にした。

 それを聞いた時、驚きよりも「さもありなん」と感じて笑ってしまった。なぜなら、学生時代、中野先生の考え方や指導を聴いていると、宇宙的というか、仏教的というか、その教えに精神世界的なものを常に感じていたからだ。中野先生なら十分あり得ると、その噂話は本当だろうと確信した。

 更に月日が経ち、自分がアジア放浪の旅に出る。神戸から船で上海に渡り、中国主要都市〜内モンゴル〜ウイグル自治区〜タクラマカン砂漠を越えてパキスタン、アフガニスタン国境〜チベット〜ヒマラヤ越えをしてネパール〜北インド〜南インド〜タイのバンコク〜チェンマイ、ゴールデン・トライアングル、ビルマ国境〜サムイ島、という一年に及ぶ放浪の旅であった。

 その旅の途中で、奇跡とも思える出会いというか、再会があった。


中野先生と青山さん





不思議な御縁を感じる
 ネパールの首都カトマンドゥのタメルという町の安宿に居た。普段は乞食のような旅を続けていたが、たまに贅沢がしたい。タメル地区には様々な飲食店が立ち並び、日本食のレストランもある。しかし、アジアにおいて日本食のレストランは基本的に高価い。でも、たまの贅沢だし、もう何カ月も日本食を食べてないし、よし!今日は行っちゃおう!ってんで、「古都」と名付けられた小さなレストランに入った。

 久々の和食に感動さえしながら食事を楽しんでいると、斜め向こうの席からじ〜〜〜っと見てくるのがいる。なんだあ〜?気になるなあ。目を合わせないように無視して食事を続ける。が、ふと気付くとやっぱり、じ〜〜〜、とコッチを見ている。なんだー!アイツ!うっとおしい!と意を決してにらみつけた。すると、その人物は、ニッコリ笑って、
「ひさしぶりだなあ〜」と日本語で言ってきた。

 それは、中野先生だった。



 えっ! 中野先生! マジでビックリ仰天だった。過去に中野先生はチベット仏教の修行の為に海外に行ったという噂は耳にしていたが、どの国の何処に修行に行ったかなどの情報は無く、そもそも噂が本当かどうかさえ定かではなかった。更に言うと、たいへん失礼ながら、この旅の最中に、中野先生の事は心中に無く、思い出すことも無かった。

 ネパールのカトマンドゥのタメルの小さな日本食レストランの斜め隣の席で、行方知れずの恩師に再会したわけである。これは今から40年近く前の話で、今ほどアジアを旅する人は居らず、まして日本人などと旅の最中で会う事は滅多に無かった時代の出来事。これを奇跡の再会と呼ばずして何と呼ぼう。正に『盲亀の浮木』。

 『ゆく秋の 大和の国の薬師寺の 塔の上なる一ひらの雲』

 その時、なぜか佐々木信綱の短歌が頭に浮かんだ。


メチャクチャ美味しいカレー屋さんだった





二軒目はカフェで
 「先生! お久しぶりです! 何されているんですか?」
 「おお、今修行の最中でな。ゆくゆくはラマ僧になろうと思っとる。」
 「噂は本当だったか! で、ネパールで修行を?」
 「ああ、今はボダナートの仏教寺院で修行中だ。オマエは何しとるんだ?」
 「はあ、アテも無くアジアを放浪しちょります。」
 「そうか、気を付けてな。」

 この時、もっとお喋りをして更に詳しい話が聴きたかったが、お互いに連れが居たため、こんな短い会話をしただけでお別れしてしまった。

 長くなるので割愛するが、その後も、忘れた頃に、日本の思わぬ場所で再会するのだ。その時もビックリ仰天だったが、なんか不思議な御縁を感じずにはいられない先生なのである。

 そんな先生と、ゆっくり語り合える機会を作ってくれた青山さんには、感謝しかない。因みに、青山さんは、今でも中野先生の個人教室に通われ、指導を受けている。 



 この夜、3人で喋った事は、チベット仏教について、先生が長年行っている修行について、魂について、瞑想について、輪廻について、解脱について、ヨガ修行について、更に太極拳について、絵画について、書についてなど、実に楽しく、興味深く、刺激的な話ばかりであったが、あまりにもマニアックな内容である為、枚挙に暇が無く、これも割愛させて戴く。

 カレー屋さんにはかなり長居したのだが、それでもまだ喋り足りず、同じ地下街のカフェに場所を移し、話は尽きる事がなかった。

 因みに中野先生は酒を飲まない為、青山さんと自分が最初の乾杯でビールを一杯だけ飲んで、後はソフト・ドリンクだった。でも、酒なしでも、あまりの内容の濃い話に、しっかり酔っぱらった気分になった。実に有意義で楽しい夜だった。
 





お昼はココで 





母はコロッケの定食
 実家に泊まり、翌日。義姉は自分の実家に行った為、母と二人きり。さあ、何処へ行こうかねえ。こんな暑さじゃ表は歩けないよー。どこか室内じゃないと死んでしまうよー、と母。

 後で知ったが、この日の名古屋の最高気温は、なんと39.9℃だったそうな! そりゃ死ぬわな。

 映画でも観に行こうか、と言う話になり、色々調べたが、ピンとくる作品が無い。

 (余談だが、先日、山梨でよーこと今話題の映画、『ちいかわ』を観に行った。可愛くて面白かった)

 結局、イオン・ワンダーシティに行く。そこでお昼ごはんを食べ、店内をぶらついて、その後、小牧のキンブルというリサイクル・ショップで遊んで、カフェでアイス・コーヒーを飲み帰宅。

 とにかく暑すぎて、遊びに行く場所に困ってしまう。



 

自分はロースト・ビーフ丼
 

母に御馳走になりました



 

夜はココで





母と義姉
 夕方になり、義姉が実家から帰ってきた。さて、今夜は何を食べに行きましょうか。いつも迷うのだが、前に一度行って中々美味しかった魚料理の居酒屋、「まるき水産」に決まり予約を入れる。

 我が家からは車で15分ほどの距離にある。出掛けようとした時、ちょっと経験の無いようなゲリラ豪雨となり、出掛けるのを躊躇してしまうほどだったのだが、予約を入れたため、決死の出発。

 前も見えないような激しい雨の中、なんとか無事辿り着き、夕飯に有り付けた。二度目の来店で再確認したのだが、この店は何でも美味しくてお値段もリーズナブル。お気に入りのお店になった。





お刺身が美味しい 


御馳走がいっぱい! 





馴染みの店 「孫万」 





海老おろしきしめん
 翌日。今日は八ヶ岳に帰る日。名古屋帰省の最終日は、いつも決まったパターン。母と二人で何処かでお昼を食べ、まず大曽根に有る精肉店「丸明」に行く。そして平安通りにある業務スーパー「アミカ」に寄り、実家に戻る途中で近くの何処かのスーパーに寄る。これがいつものルーティーン。

 この日のお昼は、実家のすぐそばの馴染みのめん処「孫万」で母の大好きな「海老おろしきしめん」を二人で啜る。その後は、いつも通りに回り、実家に戻って一服。

 外はやはり焼けるように暑い。アイスコーヒーで体を冷やし、早めに八ヶ岳への帰路に着いた。



 

母の大好物


おいしい! 



 車の中は蒸し風呂。軽自動車で来ているため、クーラーをかけるとエンジンの出力が落ちてしまうので、エンジンのご機嫌をうかがいながら、入れたり切ったりを繰り返しながらの走行だ。

 茹だる様な暑さの中、高速の中央道に乗り、ひたすら走る。恵那山トンネルを抜けると若干空気が変わる。でもまだ暑い。更に走り続け、いつもの休憩場所の駒ヶ岳サービス・エリアまで来ると、やっと風に涼しさを感じ始めるのだ。八ヶ岳の我が家まではあと少し。

 帰宅したのは夜の7時過ぎ。帰ってくると、その涼しさ爽やかさに感謝しかない。都会では熱帯夜が続いていても、八ヶ岳では夜が更ければ肌寒いほどなのである。


いつもの駒ヶ岳サービス・エリア





 今回の帰省は、恩師中野先生にお会いするのが目的だった。そして、期待通り楽しくディープなひと時を過ごせた。いつかまた機会を作ってお会いしたいものである。いや、機会を作らずとも、おそらくお会いすることだろう。
何処か、遥かな、思いもよらぬ場所で、偶然、突然、また奇跡の再会。

 中野先生は、いまだに修行の最中である。ネパールでお会いして以来、日本とネパールを行き来しながら、ズーッと修行を続けられている。現在は名古屋の公立高校の美術の先生をされているが、近々この秋頃にもまたネパールに行かれるそうだ。

 修行はキツそうだが、なんだか羨ましくも思えてきた。





先生! 次回お会いできる日を楽しみにしてますよー!





令和八年 八月吉日 小淵沢は夏祭り




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