◆心華獨笑◆ 
第四百四六稿
 「移住十年」




八ヶ岳に引越しを終えた

  (う〜ん、流石に10年前の自分は、今と比べ若々しいのう)



 「鬼は〜そと、福は〜うち!」

 先月、一年で最も寒い二月に入り、節分が来て、その翌日は立春となった。今年も無事春を迎えた。
 
 我が家では、豆まきをして節分の儀式をする事はないが、翌日の立春を本当の新年として、一年の始まりを寿ぎ、祝い酒で一献するのが習わし。

 その立春の日に、よーこと酒を酌み交わす中で、「コッチに来て何年経ったっけ?」という話題になった。
「え〜と、9年経ったのかな?、いや、10年経ったのか?、10年目に入ったのか?、あれ?、何年目だっけ?」

 引っ越した年月日を調べると、なんと移住して丸10年が経ち、この立春の日から11年目に入ることが判明した。
おお、それは目出度いと、その瞬間、立春の新年の祝い酒の上に、移住十周年記念の祝い酒が重なった。

 ああ、もう10年も経ったのか。あっという間だったなあ。正に光陰矢の如し。



 

移住した時に撮影した残雪の「もののけの森」





こんな雪の中での引越しだった
 今から10年前、この八ヶ岳山麓の、廻りに人の住まない森の中に移住した。

 諸事情により、引っ越しの日にちを選んでいる余裕は無く、その作業は極めて慌ただしく、今思い出してもゾッとするほど、ギリギリのタイミングだった。

 名古屋で引っ越し業者が二軒分の荷物を積み込む。即ち、自宅と店だ。双方にトンデモナイ量の荷物が有り、巨大な10tトラックと更に4tトラックの2台。引っ越し業者もウンザリするほど荷物が多い。

 意図したわけでは無く、荷を積み込んだのが節分の日であり、八ヶ岳に到着して荷下しをしたのが翌日の立春の日だった。

 大雪の積もった中、丸一日かかってトラックから下された積荷は、家全体に、天井まで届くほどの量だった。その山積みにされたダンボールの隙間で、移住第一日目を迎えた。

 図らずも、立春の日から、八ヶ岳での生活の第一歩が始まったのである。





田んぼの畦道によーことマフィン   後ろは八ヶ岳 





雪にはしゃぐマフィン 


嬉しそうだった 
 

雪の中でのゴロゴロ
 

まるでスキー場のように雪があった





雪融け始まる    残雪の「もののけの森」 



 引っ越した家は、八ヶ岳の編笠山から伸びる山麓の森の中に、ポツンと建つ一軒家。廻りに人家は無い。長らく空き家になっていた巨大な家だ。ただし、巨大ではあるが、その作りは豪邸とは程遠い造りで、張りぼてのような家。

 企業の福利厚生施設として建てられ、夏の避暑の為の家だったので、冬の防寒などは、まったく考慮されていない。つまり、ペラペラな造りなのだ。

 そんな安普請の家が、久しく空き家になっていたので、手摺は錆錆で外壁はボロボロ、一見すると、廃墟、もしくは事故物件、または心霊スポットと噂されても仕方ないようなシロモノ。

 もちろん、そんな噂も事実もまったく無く、前の住人も、この物件を建てた元の会社も、すべてわかっており、履歴ははっきりしていて何の問題も無い。それが長らく空き家だった理由は、安価ではあるものの、一般人には大きすぎて、逆に買い手が付かなかったらしい。


「もののけの森」のお散歩



 

これが最初の状態





雪はだいぶ融けた
 絵描きであり造形作家である我々夫婦にとって、アトリエが確保できるくらいのこの大きな家は、持って来いの物件だったワケだ。ペラペラだろうがボロボロだろうが、安くて大きいに越したことはない。

 もの作りが好きなアーティストにとって、ボロボロの家は、かえってなぶり甲斐があり、理想的に仕上げていく楽しみが有る。

 更に、音楽好きの自分にとって、森の中で廻りに人家がまったく無いというのも魅力的だった。大音量で音楽が聴けるし、友人知人が集まって楽器を演奏したり、歌って騒いだりしても、誰にも迷惑をかけない

 音楽をかけない時は、下を流れる小川のせせらぎが微かに聴こえ、鳥達が可愛く囀る。夜には森の奥からフクロウの鳴き声が聴こえ、時には仲間を呼ぶ鹿鳴を聴く事さえある。

 正に、理想的な家だったのである。



 

「山ねずみロッキーチャック」の『みどりが森』みたい



 八ヶ岳に移住したかった理由の一つには、愛娘マフィンと、大自然の中で、転げまわって遊びたいという気持ちもあった。家の周りの森の中で、自由に、気儘に、心行くまでマフィンと過ごしたかった。

 我々夫婦は、一人娘であるマフィンを溺愛していた。引っ越した時は大雪が有り、その雪の中で力いっぱい遊んだ。雪にまみれ、泥んこになり、森の中を駆け回った。

 雪が融け、春が来て、新緑の森の中をお散歩した。わざと出鱈目に歩いて、あえて森の中で迷ってドキドキしてみるというのも楽しかった。

 ある時、マフィンと二人で森の中を散策中に、金色に輝く、三頭の巨大な鹿に出会った事が有った。3頭は目の前で、まるで天翔けるように空を飛んだ。あまりの荘厳さに、言葉を失い、きっと山ノ神の使いが、新参者の顔を見に来たのだろうと思ったものだ。


「もののけの森」の陽だまり



 

すっかり雪が融けた頃


我が家に続く「もののけ小道」 



 

春が来てマフィンも嬉しそう





いよいよ改装工事の始まり 
 ゴールデン・ウィークが過ぎた頃、マフィンに異常が現れた。呼吸が尋常ではないほどに早い。苦しそうに、まるで蒸気機関車の様に荒々しく息をする。慌てて掛かり付けの病院へ走った。

 マフィンは癌だった。なんと、余命3ヶ月と告げられた。抗癌剤治療をするか、安静に過ごせるように延命治療をするか、苦しまないよう安楽死させるか、の選択を迫られた。ショックで言葉も出なかった。

 少しでも治る可能性があるならと、抗癌剤治療を始めた。しかし、これはマフィンにとって辛すぎた。先生と相談して、抗癌剤治療は止めて、最後まで苦しまなく安静に過ごせるよう、延命治療に切り替えた。

 そんなマフィンの闘病生活の中、夏が近づくころにようやく依頼してあった業者から、待ちに待った改装工事を始める連絡をもらった。



 
 大型トラックやショベルカーが来て、外壁には足場が組まれた。そして、工事をする大工や職人が大勢訪れた。連日、大きな騒音を立てながら工事は進んで行く。

 日に日に工事が順調に進んで行くのは嬉しい事だが、病と闘っているマフィンの容体が気が気ではなかった。この非日常的な騒音に、マフィンは怯えていた。我々は、常に大きなマフィンを抱っこしてあげていた。

 職人達も優しく、マフィンに「うるさくてゴメンなあ〜、ダイジョウブだよ、恐くないよ〜」などと話しかけて、頭を撫でてくれた。そんな職人たちに、マフィンは一生懸命、シッポを振って答えた。
 
 

トラックや重機が到着





重機が入り大々的に動き始める 


ドロドロだった庭の整地 





こういうものには、すぐ乗りたがる

しかし、笑顔とは裏腹に、心はマフィンの心配でいっぱいだった
 



 

外壁に足場が組まれる


同時に内装工事も進む 





大好きなピンクの毛布

通称 「ピンクのお母さん」
 連日工事は続き、一ヶ月以上が経ち、徐々に完成に近づきつつあった。

 
しかし、しかし・・・。 残念ながら、工事の完成を待つことなく、マフィンは7月の末に、虹の橋を渡って、天へ旅立った。

 工事の騒音の中、いつものお気に入りの居場所であるトルコ絨毯の上で、大好きなピンクの毛布を抱えながら、その小さな可愛い息を引き取った。

 まるで、安心してお昼寝をしているような、安らかな寝顔。

 獣医に余命3ヵ月と宣言されて、ぴったり3ヵ月後に息を引き取った。来月に迎える誕生日で12歳になるはずだった。マフィンは11年と11カ月の命を我々と共に生きてくれた。

 マフィンと八ヶ岳で過ごせたのは、たった半年。しかも、その半分は、お散歩も儘ならない、つらい闘病生活だった。


 呆然自失。涙も出ない。この八ヶ岳移住と、理想の家づくりは、これからマフィンと楽しく、末永く一緒に過ごす為だったのに・・・。





自慢の娘、愛しのマフィン!  本当に可愛い子だった
 



 マフィンが息を引き取り、お通夜の一晩を過ごした。翌朝、大工の棟梁が、マフィンのサイズに合わせた棺を作って持って来てくれた。

 庭の片隅に穴を掘る。棟梁は工事そっちのけで、一緒になって掘ってくれた。スコップで土を掘りながら、涙が止まらない。そして、大好きだった「ピンクのお母さん」に包まれたマフィンは、穴の底に収められ、土がかけられた。その後、綺麗に整え、お花を添えてお墓を完成させた。

 マフィン、本当に、本当に、ありがとう! 愛する子よ、安らかに眠れ。

 そんな悲しい出来事が過ぎ、やがて工事はラスト・スパート、いよいよ完成が近付く。しかし、その時点では改装工事など、もう、どうでもよくなって、ただただ、悲しみに暮れるのみ。家の完成の喜びなどは無く、心は空虚。


一生懸命、泣きながら作ったマフィンのお墓



 

そして、とりあえず、改装工事は終わった





しかし、完成の喜びは無かった・・・
 工事が終わり、大工や職人達が片付けをして、引き上げる。最後に棟梁にお礼を言うと、棟梁は「長屋さん、そう気を落としなさんな。マフィンちゃんは、長屋さんに可愛がってもらって幸せだったって。長屋さんに感謝して、これからは見守ってくれるって」と慰めてくれた。

 ある程度の理想通りの家が出来たわけだが、そんな事に喜びを感じる事は出来なかった。マフィンを失った悲しみが、心のすべてを支配していた。それから、ずーっと、ずーっと、喪に服す日々が続いた。

 仕事中であろうと、気を抜けば、つい、涙が頬を伝う。何も手に付かない状態。「ペット・ロス」という言葉は知ってはいたが、これほど辛いものだとは、想像も出来ていなかった。

 そんな状態が、何カ月も続いた。気持ちを切り替えねばと思いつつ、やがて一年が経った。しかし一年経っても、よーこに至っては、まったく悲しみが癒えない状態で、隙あらば涙を流し続け、いつも泣きはらした目をしていた。

 マフィンの一周忌も過ぎた、そんな頃である。或る日突然、ひょっこりひょうたん島で、森の奥から思わぬ来訪者があった。



 

突然ひょっこり、森の奥から現れた、カワイイ来訪者

そして後に、この子がウチの子になってくれた

    マフィンの弟にあたるブーシカだ





森の王者だった頃
 森の中には多くの山猫(ノラ猫)がいて、我が家の敷地によく遊びに来る。マフィンの残したドッグ・フードをお皿に入れて外に置いてやると、それを食べにくる。しかし彼らは、我々の姿を見ると、シャーッ!と威嚇して、猛スピードで逃げて行くのが普通だった。

 そんな中で、逃げずに、ずっと家の中を伺う一匹がいた。テラスのガラス戸に映るシルエットは、いつまでたっても動かない。

 「なんだ? こいつ。入りたいのかなあ?」

 そう言って恐る恐るガラス戸を開けると、何の躊躇も無く、当たり前のような顔で中に入って来て、勝手にリビングのソファーの上に座るではないか。

 「なんだ? こいつ。図々しいな。どっかの飼い猫かなあ」

 そうして、その闖入者は、好きなだけソファーでゴロゴロして、また何事も無かったようなそ知らぬ顔で外へ出て、森の中へ消えて行ったのである。

 これが、後に我が子となる、ブーシカとの最初の出会い、ファースト・コンタクトだった。



 それから、その人懐っこいネコはちょくちょく遊びに来るようになった。遊びに来ても、暫くすると森へ帰って行く。やっぱり、どこかの家の飼い猫だろうなと思っていた。三日に一度来るのが二日に一度になり、やがて毎日来るようになる。そしてついに或る晩、我が家にお泊りしていったのだ。

 それからというもの、我が家を自分の家のように振舞うようになっていく。飼い猫なら飼い主が心配しているんじゃないかしら。でも、首輪もしてないし、体のあちこちに傷がある。そして、何と言ってもキタナイ。
コリャ、やっぱりノラじゃねえか?
。にしては、人懐っこいなあ。

 そんな日々の中、集落の人にこのネコのことを訊く機会が有り、この辺りでは顔の知れたノラであることが判明した。

 じゃあ、ウチで飼っちゃうか! よし! ウチの子にしよう!

 決まった。名前は、よーこが「ブーシカ」と名付けた。

 そうして、ブーシカとの3人家族の生活が始まったのである。


神さまからの贈り物





凛々しい、元森の王者
 新しい家族が出来た。悲しみに暮れていた生活に光が戻った。とは言っても、もちろん、ブーシカを「マフィンの代わり」などとは思っていない。あくまで、ブーシカはブーシカだ。

 マフィンを失って一周忌に起こった奇跡的な出会いが、八ヶ岳に移住した意味を見失いかけていた我々夫婦を、どれだけ救ってくれたことか!

 ブーシカは我が家で寝泊りするようになったが、不意に出かけて数日帰ってこない日もあった。ほぼ、我が子のつもりになっていた我々は、ブーシカが帰ってこないと、とても心配するようになる。

 そしてまた、ひょっこり帰ってくる時には、お土産にネズミを咥えて来るのだった!ギャー!ダメダメ、捨てなさい!しかし、ブーシカはその獲物を自慢げに見せびらかす。我が家の子になっても、やっぱり、野生の血が騒ぐのだ。

 この10年で、ブーシカが捉えた野ネズミの数は、誇張ではなく、100匹を越えている!



 我々夫婦は、ブーシカが「マフィンの生まれ変わり」、若しくはマフィンの魂を宿した「イタコ猫」のような気がしていた。なぜならば、その行動があまりにもマフィンとそっくり、マフィンそのものだったからだ。そもそも、最初の出会いの時から、我が家を自分の家の様な態度で、なんの遠慮もなく悠々と入って来ている。

 たとえば、ブーシカがお気に入りでお昼寝する場所は、マフィンがお気に入りで、最後の息を引き取った時に横たわっていた、トルコ絨毯の上だ。自分が森のお散歩に出ると、必ず後ろから着いて来て、途中で自分を見失うとニャーニャーと鳴いて探す。家の中でも着いて回り、座れば膝の上に乗って来る。夜、布団に入れば、必ずもぐり込んで来る。ネコのくせに、まったくマフィンと同じ行動をするのだ。

 我々夫婦は、動物大好き生き物大好きだが、イヌとネコで言えば完全にイヌ派で、まさか自分達がネコを飼う事になるとは思ってもみなかった。つまりネコを飼うのは初めてで、ネコの事をよく知らなかった。だからブーシカを見て、イヌとネコって、こんなに同じ行動するんだなあ、などと驚いたものである。

 姉弟だから、似ていて当然か! 笑


鋭い眼光でにらむも

頭デッカチでカワイイ





すっかり家猫になった元森の王者
 ブーシカはよーこに鈴の付いた首輪も付けてもらい、夜は必ず帰って来るようになり、すっかり家猫が板についてきた。森へ出掛ける頻度もだんだん減って来て、やがて殆ど家に居るようになる。

 我々のマフィンへの愛情はまったく変わらず、思いが失せる事はないが、同時にブーシカへの深い愛情が加わった。自分達夫婦と、姉のマフィンと弟のブーシカの四人家族のような気になった。マフィンはブーシカを介していつも一緒に居る。

 かつて森の王者であったブーシカは、自分のテリトリーのパトロールだけは怠らない。時には血まみれで帰って来る事もあった。縄張り争いの戦いがあるのだろう。何度手当をしたことか。ブーシカにとって、この、もののけハウスは、誰にも譲れない自分のお城なのである。

 ブーシカは戦いに必ず勝って、この家を死守した。おかげで、我が家には今まで来ていた、他の森猫達は、殆ど来なくなった。

 戦いに勝ち抜いたブーシカはすっかり安堵したのであろう。野生の雄猫に見られる、敵に対する威嚇の為にぷくぷくに膨れて、大きく見せていたホッペタが、気が付けば萎んでいて、いつの間にか、シュッとした顔立ちのイケメン美猫に変身していたのである。
 
 出逢った頃の親分顔と、今のイケメン顔は、まるで別人(別猫)のようだ!

 





移住当初からの夢だった薪ストーブ 



 それから、八ヶ岳での充実した日々が続く。やりたいことが自由に気儘に楽しく出来る。絵を描いたり、書を書いたり、文章を書いたり、立体作品を作ったり、家具を作ったり。

 気候のよい時は、山梨から長野にかけて、興味津々の不思議スポットを訪ね歩いてフィールド・ワークをした。今まで、どれだけの寺社仏閣遺跡を巡ったことか。

 そして、我が家の改装も、自分の理想に近づけて、少しづつ少しづつ、日曜大工のような作業で手作りして行く。部屋の壁を塗り替えたり、棚を作ったり、照明を取り付けたり。

 3年前には、移住した当初から念願だった、薪ストーブを入れる事も出来た。夢がどんどん叶って行く。

 移住して早々に、悲しみのどん底に突き落とされた我々の心は、ブーシカとの出会いから、徐々に癒され、沼からゆっくり這い上がり、やがて、光り輝く幸福を感じれるようになった。

 一度落ちるところまで落ちた以上、後は上がる一方なのだ。


最初は怖かった薪ストーブにも慣れた





愛息子のブーシカと遊ぶ 
 

ちょっと迷惑そうでもある



 

「もののけの森」に建つ、夕日に映える「もののけハウス」





ボク、この家の子だよ
 毎日毎日が新鮮で、行く処行く処に感動し、いつも通る道にさえ喜びを感じる。移住して、何年経っても、飽きる事はない。今でも、富士山が綺麗な姿を見せる度に、毎度毎度歓声を挙げている。

 南東に富士山、北に八ヶ岳、南に南アルプス、北東に奥秩父の山々。もののけの森は、ぐるりと霊峰が囲んでいる。この小淵沢町が、「日本のポカラ」と呼ばれるのも頷ける。

 一時、「パワー・スポット」などというものが流行ったが、小淵沢町のある北杜市全体が「フォッサマグナ」と呼ばれる大地溝帯の上に有り、至る所に天然の温泉が湧きだし、正に市全体が「パワー・スポット」なのである。

 特に我々が日常的に利用している天然温泉の「延命の湯」は、各方面で最強パワー・スポットと紹介されており、風水的ゼロ磁場地点と同じ性質であるのだそうな。つまり小淵沢町の住人は、日々、めちゃくちゃパワーをもらっていることになるね。ホンマかいな。

 そんな素晴らしい場所で、気付けば、10年を過ごすことが出来た。



 

ブーシカ大好き!!





 酒を呑んでいて、不意に気付いた移住十周年。この10年間を振り返って、移住十周年の文章を書こうと取り組んだのだが、その殆どがマフィンとブーシカに費やしてしまったような気がする。

 この稿を書いている最中、マフィンの写真と文章を編集していたら、何故か突然、パソコンの画面がぼんやりにじんだ。
不覚にも自分は泣いていたのだ。

 今、11年目に入り、生まれ変わった気持ちで、更なる飛躍を目指そうと思う。

 昨年後半より、様々な苦難が押し寄せた。それらの苦難は年を越え、長らく続いた。日々、心休まることが無かった。
春を迎える今、漸く、すべてが解決し、新たなる旅立ちだ。これから、益々、残りの人世を謳歌して行きたい。

 きっと、うまくいく!

 





「もののけハウス」は森の中に建つ 





令和八年 三月真ん中 一区切りついた




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