◆心華獨笑◆ 
第四百四五稿
 「オーディオ・セッティング」




う〜ん、流石! 最高の音質だ!



 去年の秋から冬になる頃、岐阜のよーこの実家に行ってきた。よーこの父親、つまり自分の義父が愛用していた、各種オーディオ機器を譲り受ける為だった。

 義父は外科医であり、長らく総合病院の院長を務めた。ほぼ休みの無い忙しい日々の中、唯一の趣味は音楽で、休息の一時を音楽に浸って過ごしていた。如何にも医者の趣味らしく、凝りに凝った音響機器を揃え、防音設備を整えた20畳を越えるオーディオ・ルームで、爆音でワーグナーを聴きながら日々の疲れを癒していた。

 そんな義父は、引退してからも毎日のように趣味の音楽を楽しんでいたのだが、90歳を過ぎて耳がどんどん遠くなり、やがて殆ど聞こえなくなってしまい、最高級の様々なオーディオ機器が無用の長物となって放置されていた。



 

譲り受けた様々な機器の接続確認をする





元、病院の院長先生であり、

生粋の「ワグネリアン」である義父
 義父は音楽が趣味だと言ったが、楽器を演奏することはまったく出来ず、専ら鑑賞専門だ。しかも、完全にクラシックのみである。他ジャンルには殆ど興味が無く、超豪華なオーディオ・ルームで聴くのは、クラシック、オンリー。

 そしてバリバリの「ワグネリアン」なのだ。「ワグネリアン」とは、19世紀ドイツの作曲家、リヒャルト・ワーグナーの作品をこよなく愛し、熱狂的に崇拝する人々のことを言う。世界中に、多くの「ワグネリアン」が居る。

 もちろん義父はワーグナーのみならず、クラシック全般を幅広く聴き込み、様々な作曲家とその作品、そしてそれを演奏する名指揮者と一流オーケストラを愛してはいるが、中でもワーグナーだけは特別だと言う。



 元気だった頃は、亡き義母と連れ立って、オーストリアのザルツブルクで毎年開催される世界最高峰の音楽祭、「ザルツブルク音楽祭」に何度も通っている。

 さらに、ドイツのバイロイトで開催される「バイロイト音楽祭」までも行っている。「バイロイト音楽祭」とは、ワーグナーが自身の歌劇を上演する為に、バイエルン国王ウートヴィヒ2世の援助を受けて創設した『バイロイト祝祭劇場』で、毎年開催される、オペラ祭典。別名「ワーグナー祭」とも言われ、チケット入手の困難さから世界最難関の音楽祭典と呼ばれる。

 因みに、この会場である『バイロイト祝祭劇場』は、一年に一回のこの「バイロイト音楽祭」以外には一切使用されず、音楽祭が終わると翌年の開催まで、固く門を閉ざされる。

 なんと、この「バイロイト音楽祭」には、よーこも結婚前に両親と共に行っているというのだから、なんとも羨ましい限りだ。自分は、今後の人生で、「バイロイト音楽祭」を鑑賞出来る機会は、恐らくないであろう。


娘のよーこに王様の恰好をさせられた



 

「ザ・ロード・オブ・ザ・リング」

白の魔法使い ガンダルフ


ガンダルフにさせられた義父

杖のかわりにゴボウを持たされている
 
 

「ヴァチカンのエクソシスト」

ラッセル・クロウ演じる神父
 

今度はエクソシストにさせられている

しかし悪魔退治なんか出来そうにない笑顔だな





譲り受けた機器の一部
 義父は、生のクラシックの演奏会に行くのが最高の楽しみだった。そして、そのコンサート・ホールに響き渡るオーケストラの生音を、なんとか自宅で再現しようと、買い揃えた高級オーディオ機器が、今回譲り受けるものなのだ。ああ、なんたる幸せ。

 かつてそのオーディオ・ルームで、義父自慢の音響設備で、何度もオーケストラを聞かせてもらったことがあるが、それはそれは素晴らしい音だった。目をつぶれば、正にコンサート・ホールの席に座って、生のオーケストラを聴いているように感じたものだ。

 そんなクラシック音楽にまみれた人世を送ってきた義父も、耳が聞こえなくなったのでは仕方ない。最高の音響を再現する為に取り揃えられた機器は、無用の長物と化してしまったのだ。





レコード・プレーヤーの接続 


あっちに繋いだりこっちに繋いだり 



 我が家にも、自前の音響設備が有り、1階と2階にそれぞれのシステムを設置してある。しかし、どれもこれも経年劣化が甚だしく、それぞれガタが来ていて、不調の機材が増えていた。

 そろそろ新調したいと思っていたのだが、不調を訴えているのは一台や二台ではない。それらすべてを新調するには相当な予算がいる。まずは、どれか一つ買い換えようかなあ、始めに何を買おうかしら。アレも必要だしコレも必要だし、でも予算が限られているし、一機器だけ取り換えてもシステム全体の改善にはならないしなあ〜、などと、ここ数年、思い悩んでいたところである。

 そんなタイミングで、今回のオーディオ機器を譲り受けるという話になったのだ。なんたる僥倖。願ったり叶ったり。


 因みに、自分の手持ちの機材で不調なのは、レコード・プレーヤー、
CDプレーヤー、メイン・アンプ、パワー・アンプ、プリメイン・アンプ、
スピーカー、・・・って
全部じゃないの! もちろん数ある機器の中には元気なのも居るが。


複雑に絡み合うコード





それぞれの機器には、相性と言うものが有り

ただ線を繋げばよいというものではない
 





相性が合えば素晴らしい音が鳴る
 システムというものは、その中のどれか一つでも不調になると、結局全体が壊れてしまう。たとえば、パワー・アンプの右チャンネルの出力が若干下がっただけで、音楽全体のバランスが崩れてしまう。

 また、ただ単に機器と機器を繋ぎ合わせるだけでもダメだ。機器どうしの相性があり、高級なものどうしを繋げば良い音が出るというものではない。その差は驚くべき違いが有り、一番良い相性同士の接続を探らなくてはならない。

 さらに、システムを構築する空間も意識しなくてはならない。たとえば、6畳の狭い部屋に、最高級のJBLのでっかいスピーカーを置いたところで、その音は広がるどころか、渋滞して籠もって混ざって濁って、結局最悪な音になってしまうのだ。狭い空間であれば、小さいスピーカーの方が、遥かに良い音を響かせる。



 

1階 「薪ストーブ・エリア」 セッティング完了



 今回、義父から譲り受け、我が家に運んできた機器一覧。

 ●レコード・プレーヤー 1台
 ●CDプレーヤー 3台
 ●メイン・アンプ 1台
 ●パワー・アンプ 1台
 ●プリメイン・アンプ 2台
 ●ライン・セレクター 1台
 ●スピーカー (大) 1セット
 ●スピーカー (小) 1セット
                       以上

 譲り受けたこれらの機器を、もし新たに購入するならば、その総額は、ゆうに100万円を超える事だろう。

 今回の譲り受けた機器のセッティングの為に自腹を切ったのは、
Amazonで購入した、複数のアンプを切り替える為に必用な、アンプ・セレクター1台のみ。


左がレコード・プレーヤのシステム

右がCDプレーヤーのシステム



 

レコード・プレーヤとCDプレーヤーは

それぞれ異なったアンプを使う


アンプ・セレクターで使用するアンプを選ぶ 





これでレコード・コンサートが開けるよ
 床に広げた機器と、複雑に絡み合うコードを、いろいろなパターンで繋ぎ、複数のスピーカーで順番に音を鳴らし、最も相性の良いマッチングを探る。やがて、コレとコレ、コレとコレ、というふうに、接続の相手が決まっていった。さあ!実際にセッティングだ。

 まずは、1階の「薪ストーブ・エリア」と隣のリビングのセッティング。
ここでは、レコード・プレーヤーに、プリメイン・アンプを繋ぐ。CDプレーヤーにはメイン・アンプとパワー・アンプのセットを繋ぐ。ここでの使用機材は、すべて今回譲り受けたもの。

 2セットのアンプは、その時に聴くソースに合わせ、アンプ・セレクターで使用する方のアンプに切り替える。



 スピーカーは「薪ストーブ・エリア」には今回譲って戴いた大スピーカーを繋ぎ、隣のリビングには同じく戴いた小スピーカーを繋いだ。さあ、間仕切りのカーテンを開けて、2階まで吹き抜けた広々とした空間で、4つのスピーカーを鳴らして音響チェックだ。

 レコード・プレーヤーの接続チェックで、いつもの「ストラスブール・パーカッション・グループ」のレコード『チャヴェス』をかける。CDプレーヤーの接続チェックには、カラヤン指揮ベルリン・フィルの『チャイコフスキー 交響曲第5番』のCDをかけた。

 うん、バッチリ! 最高だ!
 流石に義父自慢のオーディオ・ルームで再現される最高品質の音響とまではいかないが、大満足できる。

 その後、レコードで、ズービン・メータ指揮ロスアンジェルス・フィルの『ホルスト 組曲 惑星』を大音量でかけて、至福のひと時を楽しんだ。


うん、バッチリ!






2階 「フォレスト・バー・OZNU」 セッティング完了 





レコード・プレーヤーと2台のCDプレーヤー
 さて、1階が終わり、2階のセッティングに移る。2階は「フォレスト・バー・OZNU」と名付けた、丸テーブルのバー空間だ。

 譲り受けた機器の、一番良い物を1階で使用し、残りの機器で2階のシステムを作る。

 レコード・プレーヤーは元々持っていたものを使い、アンプは戴いたプリメイン・アンプを使った。更に、今回戴いた2台のCDプレーヤーを同じアンプに接続する。スピーカーは、元あったものを使用。

 レコード、CD、共にサウンド・チェックをすれば、コチラもバッチリ! 
今まで不調だった音質がクリアになり、低音、高音の微調節もちゃんと出来るようになった。いままで、音質調節機能も壊れていたのだ。

 セッティングがおわり、ここで休憩しながら、ゆったり楽しんだのは、
エンニオ・モリコーネ作曲の、映画『ニュー・シネマ・パラダイス』のサウンド・トラック。う〜ん、最高じゃ。

 次回、夏のシーズンに、誰か来客があれば、このフォレスト・バーで心行くまで音楽を楽しんでもらおう。
 





レコードの音質もバッチリ 
 

もちろんCDも最高だ



 

3階 「カフェ・ベンボー亭」 セッティング完了



 1階2階のセッティングで、今回譲り受けた機器はすべて使ったのだが、自分が所有している機器で、元気に使えるものがまだまだ有る。

 今まで、3階にはオーディオ・システムは無かったのだが、せっかくなら余った機器を使って3階にも音楽の空間を作ろうと思った。

 3階は「ベンボー亭」と名付けた、カフェ・スペース。「ベンボー亭」とは、スティーヴンソンの小説『宝島』の中で、主役の少年ジム・ホーキンスが母と経営するホテル兼酒場の名前。これを原作としたテレビ・アニメ『宝島』が、我々夫婦は大好きなのだ。

 元からあったレコード・プレーヤー、CDデッキを、使っていたプリメイン・アンプに繋ぎ、今まで1階で使っていたスピーカーを3階に上げて、壁に棚を作り設置した。1階2階の音と比べれば、やはり音質は劣るものの、立派に鳴り響く。

 セッティングが終わった「カフェ・ベンボー亭」で、おいしいコーヒーを飲みながら、エマーソン・レイク&パーマーのアルバム『ラヴ・ビーチ』を楽しんだ。


元からあった機器を組み合わせた



 

それなりにイイ音鳴るよ


実に良いカフェになったね





神さまのコスプレの院長先生
 自分にとって、偶然にもタイミング良く、必要とするいくつものオーディオ機器が、たまたま手に入ったと言っても、けっして義父の耳が聞こえなくなったことを喜んでいるわけではない。

 義父は医者として多くの人々を助け、人々に捧げた人生を送ってきたと言っても過言ではない。そんな義父が、唯一の楽しみであった音楽を奪われてしまうというのは、あまりにも切なく哀しい。

 一年ほど前には、耳が遠くなり好きな音楽が聴きにくくなってきた義父が、少しでも音楽を楽しめるようにと、自分がわざわざ岐阜の実家まで行って、よりよく聞こえるように、オーディオの位置を変えたり、セッティングを組み直してあげた。それで様子を見ていたのだが、やっぱりダメだったのだ。

 クラシック音楽を楽しむということは、たとえ大迫力のフル・オーケストラの演奏でも、その中の最弱音、最も静かで最も小さい音、最もデリケートな演奏部分、プレイヤーの息遣いまでもが聞こえてこそ、その素晴らしさを堪能できるのである。





 そんな義父自身は、けっこう頓着ない様子で、聞こえなくなった耳を嘆くでもなく、ヘコんだり落ち込んだりすることも無く、「まあ、仕方のないことだなあ〜」などと、アッケラカンとニコニコしているのである。すごい

 まるで悟りを開いているようじゃないか。

 義父は院長時代、患者たちから「院長先生の、その笑顔を見とるだけで、わしら病気は治りますじゃ〜」と言われていたという。この度、その院長先生の大切なオーディオ機器を受け継いだわけだが、それだけでなく、人々から慕われる人格者の魂の一部でも、受け継げたらイイのになあと、つくづく思うのである。





みんな〜、八ヶ岳に最高の音楽を聴きに来ておくれ〜 





令和八年 一月末 もう何度も水道が凍った




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