◆心華獨笑◆ 
第四百四〇稿
 「山の神々 第三十八集」

 ■神輿に乗る神■




『すずらん祭り』の主役  檜峰神社(ひみねじんじゃ)の御神輿



 お盆も終わり、8月も残り僅かとなった。都会では残暑厳しいという感じだろうが、八ヶ岳はずいぶん過ごしやすく、気持ちの良い季節である。

 お盆に、JR小淵沢駅前の商店街で、恒例の夏祭りである『すずらん祭り』が開催された。駅前商店街の道が歩行者天国となり、多くの出店で賑わう。このお祭りの主役は、商店街を練り歩く御神輿だ。



 

小さな商店街にしては、本格的で立派な神輿だ





末席に座らせてもらった
 先月、たまたま、もののけの森の中で、ウチの氏神様の「北野天神社」の進藤宮司とバッタリ会った。宮司は愛犬アポロ(フレンチブル)のお散歩中だった。宮司はアポロを連れて、よくこのもののけの森を散歩されている。アポロは人懐っこい可愛いワンちゃんで、自分をみつけるとシッポを振って喜んでくれる。

 しばらく立ち話をしている中で、前々から宮司に聞きたかった事を思い出した。それは、「なぜ、権現岳山頂に祀られている、檜峰神社の郷宮が、北野天神社に祀られているのか?」という疑問だった。

 八ヶ岳の霊峰である権現岳(標高2715m)の山頂に祀られる檜峰神社の御分霊を勧請して、北野天神社の境内に郷宮として祀られたのは、令和三年(2021年)のこと。つまり、つい最近の出来事なのだ。



 なぜ、今になって、檜峰神社の郷宮を北野天神社にお祀りする事になったのか、その理由を知りたかった。遥か昔から北野天神社に郷宮が有ったのなら、別に疑問にも感じなかっただろう。だが、祀られたのがついこの前の、令和三年の出来事なのだ。

 どういう経緯があったのか、それを知りたくてしかたなかった。立ち話の中、進藤宮司は親切にその経緯を語ってくれた。

 それによると、今まで、権現岳・檜峰神社の郷宮は無かった。参拝するには、権現岳に登山するしかなかった。しかし、権現岳は3000メートル級の険しい山で、一般人がおいそれと登れる山ではない。熟練した登山家の世界なのだ。したがって一般人が檜峰神社を拝みたければ、遥か遠くに聳え立つ権現岳に向かって手を合わせるしかなかった。


神事を執り行うのは、禰宜の佐久間さん



 

氏子の代表と言うことで儀式に参加させてもらえた





法被姿は商店街の会員たち
 そこで、令和のはじめになって、北杜市の神職達の間で、何処かに郷宮を造り、登山せずともお参りが出来るようにしようではないかという話になった。最初に候補に選ばれたのは、大泉町にある「八嶽神社」(やつがたけじんじゃ)だったという。八ヶ岳を御神体とするこの神社が相応しかろうと。

 しかし、この八嶽神社の現在の宮司が年若く、檜峰神社を新たにお祀りするのは、自分には荷が重すぎると、辞退を申し出たという。そこで、この辺りの神社7社の宮司を務め、まとめ役でもある、我が北野天神社の進藤宮司が、「それなら、わしの北野天神さんにお祀りするか」という流れとなった。

 そして、吉日に日を決め、選ばれた数人の世話役と、お年を召した進藤宮司自らが、権現岳山頂に登拝し、檜峰神社の奥宮にて儀式を行い、御分霊を北野天神社に勧請した。





権現岳山頂の檜峰神社

(去年、自分が権現岳に登頂した時の写真)
 


檜峰神社の石祠

山頂直下の岩の下に鎮座する
 
 

北野天神社境内に祀られた檜峰神社郷宮

(左側の新しい小さな石祠)


真新しい小さな石祠だ 



 そんなわけで、北野天神社境内に檜峰神社郷宮がお祀りされているのだった。檜峰神社の御祭神は、前にも詳しく書いているが、「八雷神」(ヤクサノイカヅチノカミ)と磐長姫(イワナガヒメ)という、神道学に精通していなければ知らないような、けっこうマニアックな神様だ。

 苦労して登山し、御分霊を勧請したのだが、実際には、北野天神社の境内に檜峰神社の郷宮がお祀りされていることは、地元民にも殆ど知られていない。そもそも、檜峰神社自体を知る人は、よほど詳しい人を除いて居ないだろうと思われる。

 郷宮が出来てもなお、人知れずひっそりと鎮座する神社だったのだが、この神社が急に脚光を浴びる事になる。それが商店街の夏祭りである『すずらん祭り』だった。


まずは本殿に祈りを捧げる



 

いよいよ本日メインの神事が始まる





厳かな雰囲気だった
 もともと『すずらん祭り』は町興しの一環として商店街がはじめた、夏のイベント的なお祭りだった。特に神事とは無関係で、子供から老人まで楽しめる、単なる賑やかなイベントに過ぎなかった。

 そんな『すずらん祭り』だったが、主催者側が、お祭りという以上、御神輿を練り歩かせたら、より華やかになるのではないか、というアイデアを思いついた。そこで、さっそく御神輿を購入した。それは、素人作りの工作のようなものではなく、小さいながらも、専門の職人が作った本格的な御神輿だった。

 さて、御神輿は手に入れたものの、中はカラッポである。祭りの賑やかしだけなら、カラッポでもかまわないのだろうが、やはりそこには神さまにお乗り戴きたい。

 そこで、北野天神社の進藤宮司に相談が来たという。



 宮司はその相談を受けて思い付いた。檜峰神社の神様にお遊び戴こうと。檜峰神社は、遷座した日を例祭としていたが、その例祭には関係者が参列するだけで、実に地味なものだった。お祭りの主役となれば華やかとなり、神様も喜ばれるのではないか。

 そのアイデアに誰も異論はなく、商店街の関係者は大喜びした。
「これで、すずらん祭りも、格式が有るお祭りとなろう」と。
ただ、商店街の関係者で、檜峰神社の御祭神について、詳しく知る人など、一人も居ないのだが。

 確かに、カラッポの御神輿をワッショイワッショイと担いでも、なんだか空しいばかりのような気がする。やはり、ちゃんと神さまにお乗り戴き、渡御するのは、極めて重要だ。その神が誰であろうと・・・。


祝詞の奏上



 

神を神輿に移す御霊遷(みたまうつし)の神事




御霊遷が終わった
 神さまを神輿に移しお乗り戴く御霊遷(みたまうつし)の儀式は、非常に厳格な神事として執り行われる。

 事の始まりは、お祭りの賑やかしというアイデアから発生したものだが、神さまにお出まし戴くのだ。ただ、なんとなく、「はい!御神輿に神さま乗せますよ〜」みたいな、イイカゲンな事では済まされない。

 まずは、本殿の主祭神である「日本武尊」(ヤマトタケルノミコト)と「菅原道真公」(スガワラノミチザネコウ)に対する神事が行われ、続いて外に有る檜峰神社の前で神事が行われる。更に、神輿の前で神事が行われ、神を神輿に移す。御霊遷の儀式はこれが一連の流れで、大凡1時間ほどであった。

 翌日開催される『すずらん祭り』では、商店街の道を、この御神輿が華やかに渡御することだろう。御神輿が巡ることで、人々の願いが聞き入れられ、穢れを吸収し、地域全体を清めると考えられている。


 本来、この御神輿への御霊遷の神事は、あくまで商店街の為のものであり、一般公開されているわけではない。つまり、部外者が参列する事は、基本的にはないのだ。

 今回、偶然、もののけの森でバッタリ会った進藤宮司に、自分が檜峰神社に付いての質問をしたのがよかった。宮司は嬉しそうに「ほう、長屋さん、詳しいのう。そう言う事に興味があるのなら、今度、檜峰神社の御霊遷の神事があるから、是非とも来なさい」と言って下さったのだ。

 宮司から直接お誘い戴いたのだから、神事に参加する許可は得ているわけだが、最初、事情を知らない関係者達から、? と思われたらしい。関係の無い人間が何故参加するの?と。宮司を探したが見つからず、禰宜の佐久間さんに、宮司に誘われたいきさつを、説明すると、
「なるほど、じゃあ、氏子代表ということで、ご参加ください」と、
快く迎え入れてくれた次第である。


最後に商店街代表が参拝する





夕日に映える、神を宿した御神輿 





 今回の神事を執り行ったのは、禰宜の佐久間さん。佐久間さんは、元は自然・動物の専門カメラマンで、嘗ては、NHKの「ダーウィンが来た!」という番組でも専属カメラマンをしており、アフリカやアマゾンなどの取材で海外を飛び回っていたという、一流のカメラマン。今は引退して、進藤宮司の弟子のような形で禰宜を務めており、次期北野天神社宮司をめざし、日々精進している人。

 彼は、我が家のもののけの森の対岸に住んでおり、カメラマンを引退した今でも、相変わらずカメラを持って、もののけの森の動物達を撮影している。その途中、休憩で我が家に立ち寄り、コーヒーを飲んでもらう事も有る。

 今回は、進藤宮司のお誘いで、貴重な体験が出来たわけだが、その進藤宮司本人は、何か他に用事が有って、なんと! この日の神事には来ていなかったのだ! どひゃ





貴重な体験でした





令和七年 八月 都会は残暑




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