人が宗教を求める理由
地球上のどこを探してみても、人が住んでいるところで宗教のない場所はないとのことです。人はどうして宗教を求めるのでしようか。
人は、「意味」を問わずにはいられない動物です。「どうして俺は、ここにこうして生きているのか」とか、「生きることには、どんな意味があるのか」といった問いが、ふとした瞬間にどなたにも湧いてまいります。おそらく人間以外の動物は、このような問いを発しないでしょう。科学はこのような「意味」を求める問いに対しては無力です。その任に当たるのは、信仰であり宗教です。
・西田幾多郎博士は『善の研究』において次のように述べています。
世には往々なにゆえに宗教が必要であるかなど尋ねる人がある。しかしかくのごとき問いはなにゆえに生きる必要があるかといふと同一である。宗教は己の生命をはなれて、存するのではない、その要求は生命そのものの要求である。かかる問いを発するのは自己の生涯の真面目ならざるを示すものである。真摯に考え真摯に生きんと欲する者は必ず熱烈なる宗教的要求を感ぜずにはいられないのである。
<個人に与える影響>
①宗教は、それを信じる人に、自分が何のために生きているのかという目的を示します。②宗教は、それを信じる人の精神的支柱となって、その人が強く生きることを可能にいたします。③宗教は、不安を感じている人に心の安らぎを与えることができます。注意すべきは、それぞれの宗教が示す「意味」によって、信者が隣人愛に満ちた人となったり、反対に自分の信念だけを優先し他者を否定していく人となったりします。このように宗教は、人間の思想形成、人格形成の根幹部分に直接働きかけるので、その影響は極めて大きいと申せましょう。
<社会に与える影響>
宗教には、同じ信仰を共有するメンバーたちを強く結束させる機能があります。この結束した力をどのように用いるかも宗教によって異なります。社会改革とは無縁な宗教もございますが、理想とする社会を実現しようと改革に積極的に関与する宗教もございます。その場合、多くの宗教は非暴力による改革を唱えますが、中には暴力に訴える宗教もございます。
それぞれの宗教の教えの内容によって信者は全く違った方向に動いていきます。入信している宗教によっては、身の破滅につながりかねないような宗教※もございます。
※地下鉄サリン事件を起こし十三人もの死刑囚を出した教団や、信者に多額の寄付を要求し安倍晋三元首相銃撃事件の遠因となった教団などは、記憶に新しいところです。
悪質な宗教の見分け方
一口で言うならば、悪質な宗教は、信者を金づるか勢力拡大の労働力(選挙運動員、物品販売員など)として考えていますから、次のことをチェックしてみて下さい。これらのうちのどれか一つでも当てはまる場合には、くれぐれもかかわりを持たないことです。ネット検索、文化庁への問い合わせなどによって情報を求めることも大切です。下記は、フランスの反セクト(カルト)法などを参考にして、わたしがリストアップしたものです。
①勧誘がしつこい。
②宗教の名前を隠したり、○○サークルと偽ったりして、詐欺的な勧誘をする。
③家出を勧めたり宿泊研修という名目で、住み慣れた生活環境から切り離して孤独にし、相談する相手を奪って適切な判断をさせない。
④法外な金銭的な要求をする。ご先祖が苦しんでいるなどと言って、高額な品物を買わせる。先祖の供養料、水子の供養料とか言って、法外な金銭を要求する。
⑤反社会的な説教をする。修行とか救済とか偽って、暴力を正当化する(オウム真理教の麻原は、殺人をも正当化していた)。
⑥公権力への浸透を企てる。その例として、選挙に対する関心が異常に高いことがあげられる。
⑦裁判沙汰が多い。
参考文献 『なぜ宗教はなくならないのか 渡辺 聡 キリスト新聞社』