御修行関連の『まことのこころ(季刊誌)』記事
教祖先生がお山に籠られて四ヶ月
取材班 第45号(西暦1989年)
教祖先生のあのにこやかな微笑みのお顔はちっとも変わっていない。いつもと同じように暖かく包みこまれるようだ。しかし、そのお顔とは反対に御身体の方は、お腹も引っ込みスマートになられたようだ。毎日、1日2回もしくは3回お滝に打たれ、昼はお滝場工事にご指示を下さり、御身自ら石垣を積まれるという重労働をされておられます。短い時間ではありましたが、私達取材班の取材に快く応じてくださりお話を伺うことができました。次に、先生のそれを記させて頂きます。
「大神仏(おおがみ)はもはや真の祈りを忘れた人々をお助けくださらぬと、仰っている。祈る人、御神仏に手を合わす人は多けれど、ご利益主義の、自分の願いをかけるような祈りは、それはもう祈りではない。他を押しのけて…とか、平気で人間同士が傷つけ合うような、えて勝手な思いで膨れ上がっている今の地球は、大神仏達から見放されているんですよ。私には、皆ともに神仏(かみ)に連なる愛し子です。どうぞ大神仏達よ、お許し下さいと思っておりますが…。
ですから、せめて信仰に生きる皆様方は、自分の周囲の人達と憎み合うことなく、嫉妬心や猜疑心に支配されることなく、心を合わせて下さい。そして大神仏達に届く真の祈りを捧げて下さい」 合 掌
下山、そして御礼へ
第46号(西暦1989年)
お出迎え
教祖先生が、十一月一日、御滝場にての五カ月間の山籠を終えられ、下山されました。
当日、道場には、各地から先生をお迎えしようと多くの信者様が参集されました。法螺貝の音が近づいて来ると、みなさん参道入口の両側に整列され、先生のお帰りを待ちました。そこへ、作務衣姿の先生が来られ、
「どうも……」
と、おっしゃったきり言葉にならない先生の熱いお言葉を頂き、髭も髪も伸びた先生のお姿に、嗚咽する者、すすりなく者の声がそこかしこで漏れました。
御礼巡拝
下山後、道場、嫁ケ茶屋不動尊、信徒会館御神殿において、参籠ご報告のお祈りをされ、お家には入られず、その足で、参籠中に御出現 下された各地の神々のところへ、弟子達を伴って、御礼と御報告巡拝をされました。
〇鳳閣寺 → 北陸別格本山 → 向山不動尊 → 善光寺 → 瑞牆山→ やすらぎの宮 → 伊勢神宮 → 不動山 → 花の窟神社 → 速玉神社→神倉神社→ 那智の大滝 → 妙法山阿弥陀寺 → 熊野本宮 →玉置神社 → 八大龍王姫松明神 → 本山
口伝
修行生たちは、先生の命により、10月11日、「まことのシール」に自分の名前を書き、参籠中の御瀧場の先生に届けました。それが、どうしたことか、そのシールが、各地巡拝先の、それも足場でも組まなければとうてい手が届かないようなところに貼ってありました。どのようにして貼られたかは、口伝となっております。
御帰堂して二ヶ月 修行生一同
第47号(西暦1990年)
今年もまた平和のうちに、新しい年を迎えることができました。昨年は、教祖先生がお山にお籠りになるという重大事がありました。「何もできぬ、何も分らぬ弟子等(こら)ばかりだから」と御身一人で…。
絶え絶えに 我が身朽ちても
君が世は 護りとおさむ
と、御参籠、御請願下されました。
残された、何もできない私達はただ、先生がおいでにならないことへの寂しい思いで過ごしました。
教祖先生がお帰りになられてからの二ヶ月は、ほとんど各地の神々へ、平和御誓願のためにご巡拝されるという日々で、本山におられることがあまりありませんでしたが、それでも私達は、御帰堂下された嬉しさと喜びを隠しきれず、お山の日常も活気に満ち溢れています。
とは言え、大神仏(おおがみ)たちは、
「思いやりのない今の地球や人の世を作ったのは、人間自身じゃよ。地球の平和は自分達で守るように」と仰(おお)せられ、
「まだまだ今の地球には神直が必要じゃ。心なき人の世の、心を導け」
とのご意向によって、教祖先生は再び私達のところへお帰りになって下さいました。
平和のうちに新年を迎えられたことや、教祖先生が御帰堂くだされた喜びに浸るばかりではなく、この地球の調和と万物の平和安泰を、ともに心して祈り続けていきたいと思います。 合 掌
お滝場での山籠り
号外(西暦1989年)
行中の食事
教祖先生は、お行をされながらお道を直して下さっていました。お山において皆様は、おかゆさんを主食に次の様な山菜を副食とした食生活をされています。
アオザ・イラ草・ウワバミソウ・水そば・オバコ・オオバコ・アイコ・車前子・ハナイカダ・ママコナ・山アジサイ・フキ・シドキ・モミジガサ・ワタナ・山フキ・ウラバ・ナナバケ
はるみのおじいちゃん
はるみ(廣開先生の三女)のおじいちゃんは神様です。はるみのおじいちゃんはこわい時もあるけどやさしい神様です。
おじいちゃんは長いこと家におらんので、お母さんに「おじいちゃんわ?」って聞いたら、「おじいちゃんは山へお行にいった」って言いました。
はるみが、「神さまって、お行するの?」って聞いたら、お母さんは「おじいちゃん、神様だからいつもお行して、もっともっとすご~くえらい、地球を創った神さまの所へいって、はるみらの事をたのんでくれとる」と言いました。
日よう日に、お父さんに「奥之院へいってもい~ん」って聞いたら、お父さんは「うん、いってこい」って言うたんで、はるみと猶美ねえちゃんと彰優と勝睦と4人で行きました。
お滝場の所で、おじいちゃんがおったので、はるみが、「おじいちゃ~ん」てよんだら「ほ~お、よおきたな~」って言うてくれました。はるみは、ほんまにうれしかったです。
おじいちゃんは、はるみらにハッパのい~っぱい入ったオミ(おじやのようなもの)をつくってくれました。オミを食べてから、小屋の中で猶美ねえちゃんとトランプをしました。
下るとき、おじいちゃんは、「また来いよ」って言いました。はるみらは、「また何回もくる」って言いました。ほんで、だいぶ下りてから見たらおじいちゃんはまだ手をふっていました。
教祖先生にお言葉を頂戴し
甲府市 奥原弘枝
お四国巡拝を無事終わり、奥之院に御礼参りをさせて頂きました。
膝が痛いので皆様から遅れてお滝場に着いたところ、教祖先生が迎えて下さいました。
途中から下りるつもりでしたが、目前に迫る岩場を見るとどうしても奥之院までお参りしたくなり、六根清浄を唱えながら登っているうちに不思議と左脚の痛みがなくなり鎖バシゴを登る事ができました。
御行中の教祖先生にお会いする事が出来、御言葉を頂戴いたしました事は、何にも勝る御恵みを拝受した感じでございます。
教祖先生は、毎食おかゆに山菜だけとお聞きしましたが、大きな石を積み、工事をされてるお姿を拝見し、本当に先生は偉大な先生と尊敬の念にひたりました。
どうぞお行中でありましても、お体にお気をつけ下さいますようお願い申し上げます。 合 掌