御子息の結婚

 先生のご家族には、一般家庭と異なり、色々な御苦労があったようです。その一端がこの記事から読み取れるように思われます。


結婚の儀 編集部
44(西暦1989)

 平成元年四月一日、教祖先生御子息の山口繁久君と白倉教子さんが結婚の儀が、道場御本殿の御神前において厳かに執り行われました。

 晴天に恵まれた佳き日、法螺貝の先導により嫁ヶ茶屋の玄関から道場まで、それぞれの御両親、お仲人さんとご一緒に花嫁行列が進みました。

「ひいおじいさんが着てイゲ()で四代目よ」という黒紋付を着た繁久君。真っ白の振袖に水引髪の教子さん。御二人は、雅楽の流れる中、道場御神殿にて、終生の結びを誓われました。

 

披露宴

 翌四月二日、琵琶湖畔のホテルに於いて、約二百八十名の御出席のもと、なごやかな披露宴が開催されました。

お色直しは繁久君が作業服に地下足袋、教子さんはかすりのモンペ、同じくお仲人さんご夫婦も作業衣モンペ姿で登場、大きな拍手で迎えられました。あまりにも物が豊富すぎて贅沢(ぜいたく)が当たり前のようになってしまった今の世に一つの教えを頂いたようでした。

 

〇披露宴における神直先生のご挨拶

「皆様の真の心が、こうしてこのような披露宴を開かせてくださいました……。私は、父親として妻にも子にも何もしてやれませんでした。ですけれども、私は神仏(かみ)です。これからも神仏でありたいと思っております……。人間らしい人間でありたいと思っております。何もできない繁久(しげひさ)です、何もできない教子(のりこ)です。おそらくこれからも何もできないかもしれない二人です。このような二人をどうぞ皆様の仲間に加えてください」

 声を詰まらせ、途切れ途切れに出てくる言葉に、万感の思いがあふれておられました。神仏としてお優しく、また厳しく接して下さいます先生の中に、人間の父親としての一面を垣間見させていただいた思いがいたしました。出席者全員ににとりましても、温かく感慨深い御披露宴となりました。

 

〇皆さん、新婚旅行についてきてくれてありがとう!!

 めでたく披露宴も終わり、さて楽しい新婚旅行!

「えっ、お見送りの人たちじゃないの?」ゾロゾロと新婚さんの後からついてくる、ついてくる、80歳のおばあちゃんからお友達のサッちゃんまで!いろいろな顔と姿の老若男女の随行者29名の団体旅行。 


(新婚旅行中に)宿泊した旅館の女中さんに、「農協の団体さんですか?」と聞かれ 、「いいえ、僕たちは新婚旅行です」と、胸を張って答えきれなかったお二人さん。 
いつまでもお幸せに!!

 

 誰しも、新婚旅行ぐらい二人だけにしてあげたらと思われることでしょう。私もそう思います。しかし、先生にはそれが出来ませんでした。道場生、信者様の中には色々な方がおられます。そういう方々の心をよくよくお考えになった末の結論なのでしょう。わたしが、先生の涙を実際に拝見したのは、この時だけです。しかしながら、ご生涯において何回か涙を流されたようです。それにつきましては、機会がございましたら、伝聞ですがこのサイトにも書いてみたいと考えております。矢崎幸男