宇波源が清めなし   
☆神仏は地球のことを宇波源(うなはら)とお呼びになります。

 現在、人の心の中に神仏のお姿を見ることが難しくなっております。人間の思考は、どうしても自分を主体に、さらに言うならば自分にとって損か得かを考えてしまう傾向があるようです。信仰も例外ではありません。したがって、我々の信仰はご利益主義の信仰、ご都合主義の信仰となりがちです。ときに神仏の存在を忘却し、ときに神仏の存在を否定さえいたします

 第二次世界大戦では、5500万人が死にました。何の罪もない人達が死にました。じつは、戦争以上に人間を死に追いやっていることがあります。ジェノサイド、ポリティサイド、デモサイドと呼ばれるもので、これら三つを合わせると20世紀だけで8100万人が殺されております。加えて人為的飢餓で、4000万人が殺されております。合計すると、12100万人にもなります。
 
ジェノサイドの例としては、ヒトラーによる600万人のユダヤ人虐殺を指摘出来ます。嬰児(えいじ)や幼児まで、殺戮(さつりく)の対象とされました。ユダヤの方々は、アウシュビッツに連れられて行く汽車の中で、力の限り、自身や子供たちの救済を神に祈られた筈です。それでも、彼らは死から逃れることが出来ませんでした。

 戦争の悲惨さや、ジェノサイド等の残酷さを知った方々は、「本当に神仏はおられるのか」という疑念を持たれた筈です。「神仏は人間が創り出した幻想にすぎないのではないか」と思った筈です。彼らの多くは、表立って信仰を捨てはしませんでしたが、心の内から神仏の姿をそっと消し去ってしまいました。右に加えて、日本においては、明治政府が急造した国家神道(こっかしんとう)の崩壊が、人心に与えた破壊力が甚大でした。アメリカのギャラップ社が行った世論調査(2006年~08年)によると、日本人の70%以上がアンケートなどで問われると「無宗教です」と答えてしまうとのことです。
 心の内から神仏を消し去った人間は、何を基準にして自己の行為を律するのでしょうか。宗教や信仰を捨て去った以上、道徳や法律がよりどころとなる他ありません。心に神仏がおられる方は、「神仏がご覧になっているから〇〇しよう」とか、「神仏がご覧になっているから〇〇しないでおこう」と、判断いたします。しかしながら、心に神仏がおられない人間は、「世間様(せけんさま)に知られなければ構わない」とか、「法律で罰せられなければ、問題ない」というように判断することになります。そのうえ、神仏から解放された人間の道徳観念は希薄化いたします。なぜならば、「神仏がご覧になられている」との意識があってこその道徳観念だからです。
 神仏から解放され、道徳観念も希薄化した人間は、無限の欲望の満足をひたすら追求する、純粋な欲望人間となり果てる他ありません。それは、人間精神の崩壊を意味しております。


◆人間精神の崩壊した我々は何をしでかしているのでしょうか。

 心から神仏を追い出した我々人間は、先祖霊や水子霊の存在を否定しがちです。なぜならば、肉体に依拠(いきょ)しない意識体という点では、神仏も先祖霊も水子霊も同じだからです。そのため、家系の先祖供養、水子供養に極めて無関心となります。それどころか、自らも水子をつくってしまいます。水子の魂が存在するとも、捨てられた水子の魂が苦しむとも思っておりませんから、「もう子育てはしたくない」とか「まだ人生を楽しみたい」とかいう、自身の思いを優先して中絶してしまいます。

 各国の中絶件数をまとめた「中絶世界報告書」によると、データが得られる100の国と地域を選び、1921年から2015までに行われた中絶件数を合計したところ、10億1843万5000件と10億の大台を突破していたことが判明いたしました。この数字は明確に分かったものだけであり、暗数を加えると、実際の数字は3倍とも5倍とも言われております。くわえて、20207月、グットマッハー研究所より、2015年から2019までの世界の人工妊娠中絶の状況が発表されました。それによりますと、この期間、年に約7300万件の人工妊娠中絶が実施されたとしております。これらを考え合わせますと、ここ100年ほどの間に、現在生きている人間と同等か、それ以上の人間(胎児)が殺されていたことになります。第二次世界大戦では5500万人が死んだとされておりますが、この数字と比較いたしましても膨大な数の人間(胎児)が死に追いやられていたことが分かります。人工妊娠中絶は、間違いなく人類史上最悪の途方もない大量虐殺です。  

 1920年に旧ソ連が世界で初めて人工妊娠中絶を合法化するまでは、ほとんどの国が中絶を禁止、または母体を保護する場合に限定しておりましたしかし、その後、世界の潮流は「中絶容認」に一転し、2018までに142カ国が合法化いたしましたその結果、世界各国で中絶が爆発的に増加することとなりました。神仏を忘れた人間のよって立つ基準は、希薄化した道徳観念と法律しかありません。適法とされてしまった中絶が増加したのは当然のことでした。残念なことですが、日本は累計件数で世界五位という上位を占める中絶大国です。

 中絶が違法とされる前は、当然のことながら、中絶は違法でした。過去には、中絶を死刑としていた国もあります。生まれてくる赤ちゃんを殺すのは、既に生まれ出た人間を殺すのと同じだと考えたからです。
 どうして、胎児と出生後の赤ちゃんを別異に扱うようになったのでしょうか。理由は簡単です。人間の法では、モノ言える人間の都合が優先されるからです。胎児はモノも言えず投票権がないからです。今や、「中絶は女性の権利」と主張する者さえおります。
 ①霊魂は存在するのか。②捨てられた水子の霊魂は苦しまないのか。③霊魂は輪廻転生するのか。④意識は脳にあるのか、霊魂にあるのか。⑤そもそも、神仏は存在するのか。などなどの現在も解明されていないこれらの諸問題を全く無視し、人間や人間社会の都合だけを考えて、人間の法が変えられてしまいました。そのため、神仏の法と人間の法とに大きなギャップが生じてしまいました。


必示小天狗様によると、胎児には、すでに人間精神の根本が宿っているそうです。捨てられて水子となった場合、この心の芽が、すがりついた者(おもに母親)の経験を通じて成長いたします。その結果、水子も、いびつではありますが、人間的な感情、知恵を持つようになります。といって、捨てられてすぐの水子には、決して怨みの心はございません。母親恋しさ、父親恋しさの心だけです。しかしながら、捨てられて十年ほどもすると怨みの心を持つようになります。水子の怨みの心は、生まれ出た兄弟の精神に影響を与えたりいたします。度を過ぎた反抗、家庭内暴力、覚醒剤の使用等々の原因となります。

 何十年と放っておかれた水子達の中には、家系を離れ集団化する者もいるとのことです。神仏が今の地球を見ると、永年放っておかれた水子達の魂が結集して地球全体を雲のように、とり囲んでいるのだそうです(怨みの雲)。また、永年放っておかれた水子の魂達は、様々な集団のリーダーや構成員にとりついて、その判断を狂わせ、人間が苦しむ方向に誘導しているとのことです。彼らは生きている人間全てに対して(ねた)み心を抱いております。自分が肉体を奪われた以上、生きている者達からも肉体を奪おうといたします。核の発射ボタンを押させようとしているかもしれません。

 比喩的に申し上げるならば、現在は地球をとり囲む「怨みの雲」の影響が全面的に人間の世界に及ぶのを、神仏がその衣で防いでおられます。人類に最後の反省の機会を与えるためです。また、水子達の思いのままにさせたら、誰彼(だれかれ)なしに殺されてしまうからです。しかしながら、いつまでも今の状態というわけにもまいりません。怨みの魂が増え続けているからです。人間に反省の(きざ)しが見られない場合には、魂修行の場という地球本来の役割を回復させるため、神仏はその衣を取り外されてしまう他ありません。必示小天狗様によると、とは「まさしく、死刑囚の最後の一服の時」なのだそうです。地球霊主は、この状態をご覧になり、「宇波源が清めなし」「狂いし宇波源」と仰いました。