うらぶれの
身は醜態に かげなくも
心の光り 月に負けらじ
昭和二十年代初頭、信州上野辺りの夕暮れ時であった。一人の男が、三年間におよぶ山中での行を終え、山村の小径を杖を頼りによちよちと歩いていた。ぼろをまとい、髪もひげも伸び放題であった。一軒の農家の前を通りかかると、その家の主人が庭先でむしろの上に何かを干していた。男をみとめると、乞食か浮浪者とでも思ったのか、追い払おうと犬をけしかけた。七、八匹の犬(注)がここぞとばかり、その男に突進した。男は一目散に逃げだしたが、すぐに追いつかれてしまった。
犬達はゾッとするようなうなり声をあげ、今にもとびかからんばかり。杖を両手で強く握りしめ、男は身構えた。「ええい、来るなら来い」と覚悟を決め、一群の犬を睨みつける。何秒ほどそうしていたか、突然一匹が闘争心を失い、しゅんと頭を下げて後ろを向いた。他の犬も同様に振り返り、キャンキャンなきながら帰っていった。
男は息をするのもやっとというあり様で、田んぼのあぜ道に崩れた。疲労困憊していたので、少しばかり横になっていた。土と草のにおいに、自分の生を実感できうれしかった。
気がつくと、いつの間にか月が出ていた。満月に近かった。月は男と犬達のことなど一向に気にかけていない風であった。その時のうたです。
『お月さん、あんたはそんなところでのんびり出来ていいですね。澄ましていられていいですね。わたしはこんな身なりだし、ひげも髪も伸び放題。でも、心の光は決してあなたの光に負けませんよ。以下(注)の心の光で、この世の中を、きっと、明るく照らしてみせますよ』
(注)イノシシ猟などに使われる猟犬あったろうとのことでした。
(注)わたし、自分のこと。