この記事は、神直先生から長く御教示を受けられた女性が書かれたものであり、事実が細かに書かれているという特徴がございます。そこで、少し長いのですが祈りに関する様々な示唆に富んだ記述がありますので皆様に紹介させて頂きます。また、下の青字部分は、当該部分から読み取れることがらを指摘させて頂きました。
祈り ガンと告知されて
荒木鈴華
第192号・第193号(西暦2014年)
【平成26年/西暦2014年 2月】
“あまり気が進まなかったが、みんな(家族、親戚)が行くと言うし、そうだなぁ、今年は干支の年回りでもあるし…、と軽い気持ちで一緒に本山に参拝、御参りしているうちに、ふとこの声の枯れたままなのが気になる”そんな思いが渦まいて、参拝後、病院へ重い腰を上げていく気になり、告げられたのが喉頭癌、ステージ3.5。
「ほんまかいなー、俺がガン?ほんまに、そうなんかい…?」
横で、お医者様の話を聞いていた慧子さんは、すぐさま蛇之倉山に電話をかけてこられた。
「助けて下さい!主人が、主人が…、今、病院から~~~と言われて…」
その後、教祖先生の指示によりセカンドオピニオン、サードオピニオンと病院を回るも、診断は皆同じ。
数日後、慧子さんから教祖先生への電話、
「お願いです、お願いです、主人を助けてください。幼い子もいます。どうぞお願いします」、おろおろする悲痛な声が響いている。
「ウーム」、少しの間、空を睨んでおられた先生が
「黒土を用意しなさい。それと御山の水を。それを持ってこれから京都へ走るぞ!」威厳のある声が飛ぶ。その一言で、パッと皆が散る。黒土を網でこす人、御山の水をポリ容器に汲み入れる人、黒土を入れる布袋を縫う人等々。
15分後、教祖先生はじめとする4名は京都に向かう車の中にいた。
「着いたらまず、御本人と慧子さんに土の練り方を実演して見せ、その黒土を布袋に入れて湿布をし、患部に貼る」ことの指示が出る。最後に「後は本人次第だ」、そう先生はおっしゃいました。
御自宅には御本人と慧子さん、そして慧子さんの御両親が待機しておられた。
指示通りに慧子さんに、黒土と水との調号、練り方、練り具合、全て実際にやってもらい、それを喉の部分に24時間、湿布のように貼り続けることを指示。黒土がカラカラに乾いてきたらはずして、また新しい黒土を練って貼る等を伝達し、
「これは神仏の教え、信じてするかしないかは貴方次第」との神直先生のお言葉を残して、岩本家を後にする。
「あれは今の医学でいうステージ4だね、次がないかもなぁ。よほど心に入れて死に物狂いで信じてやらないとね」、御山に帰る車中での先生のお言葉。重苦しい空気が我々を包む。
その後、岩本家より、神戸の大きな病院で放射線治療と抗がん剤治療を受けるべく3月~4月までの入院生活との連絡あり。本山では、拝神時の御祈願に岩本さんの病気平癒を言上する。
「入院していても、黒土だけは貼り続けてくださいね」。こちらの方が祈るような気持ちで岩本さん御本人や御家族に訴えるも、どうやら病院では黒土の湿布をしていない様子…。
「主人がね、嫌がるんですよ。黒土を…。検査と放射線との毎日で、民間療法的な黒土を病室に持ち込みにくいのでしょうか」の慧子さんの声。
ウーン…、あれほど「信じてやり続けて下さい」と言ったのに。神直先生が直接、神にお伺いをし、黒土の療法と助かる道を教えて頂いたのに…。このまま助からぬ道を選ぶというのだろうか…。こちらが必死になっても、御本人に信ずる心がないのだから、何をどうすることも出来ない。じれったい。神仏からの救いの手をはねのけるなんて…。
時々かかる慧子さんからの電話の内容はいつも同じ。
「なんぼ言うてもあきません。私も放っておこうかと思うんです」。こちらも、何ともやるせない思いで応答する。
【平成26年6月】
連日、大勢の方が全国より御参拝に来られる。6月のある日、岩本さんとそのご家族皆様方が来られた。
「お久しぶりです」。元気そうな様子に安心する。
「おかげさんで放射線治療と抗がん剤治療を終えて、4月下旬には退院しました。この通り、元気です」。かたわらで、小さいお子さん達が嬉しそうにはしゃいでいる。
そんな喜びの再会の後、奥之院へ登る皆様を見送りながら、先生は、
「僕の目から見たらちっとも良くなっていない。むしろ、ずっと悪くなった」と一言。
奥之院からの下山後、
「体力もさほどには落ちていないし、思っていたよりは疲れもないし、本当に元気です。写真もネ(喉にできたガン細胞の実写とCT画像を撮影したスマホの画像)、治療前の写真と治療後の写真を交互に見せながら、
「ね、ほら、きれいに何もないでしょ」。確かにボコボコのガン細胞で覆われていた治療前の写真と、確かに見た目には綺麗になっている。全く、ガン細胞の影らしきものは見られない。
「医者も、"もう退院してもいいですよ"と言ってくれましたし…」、先生は、それをチラリと一瞥しただけで、
「いや、良かったですね、おめでとう」とおっしゃって、それっきり病気については一言もありませんでした。
昼食を取りながら、
「味覚がまだ何もないんですよ、何を食べても砂を噛んでるような感覚で、匂いもなく、これはこんな味だったなぁと思い出しながら食べてるんですよ」。
「もう退院したので、これからまた黒土をしたらいいですか、先生」そばで奥さんの慧子さんが見上げるように聞く。
「いいや、もう何もしなくていいよ」
「でも、今度は体内に入り込んだ治療の為の毒素を、少しでも体外に出す意味でも、黒土をされた方がいいんじゃないでしょうか」と、私(荒木鈴華さん)も横から口を挟む。
「ウーム、その必要はないね」と、神直先生。この会話をかたわらで聞いていた慧子さんの叔母様がポツンと、
「何だか、教祖先生はあの子(岩本さん)を見放しはったように思うわぁ。このままでは岩本は治らない、私にはそう思えます」と、柱の陰で涙ぐむ。それでもと思い、横から私(荒木鈴華さん)が神直先生にお願いしてみると、
「今晩一晩ゆっくり泊って行きなさい」との先生のお言葉。岩本さん御本人はキョトンとした様子で、
「いや、また来ます。また暫くしたら皆と来ますので…」そう言って笑いながら帰って行かれた。先生のおっしゃった言葉の意味もわからずに…。
後日、岩本さんと慧子さん、慧子さんの御両親、兄妹、甥、姪一同が本山に帰山し参拝後、教祖先生にお話を伺う。
「先生、是非とも助けてください」、皆様一様に頭を下げられる。
けれど教祖先生は髭をなでながら「ウーム」とおっしゃったまま。暫くして、
「あなたは神仏が差し出してくれた手を振り払ったからなぁ、そうした人のことはどんなにお願いされても、もう僕でも助けられないんですよ」
「いやちょっと待って下さい、先生。神仏の手を振り払っただなんて、そんな、僕は、そんなことをしてませんよ」。
「あんたが病気になった時、神仏にお聞きしたの、そしたら黒土をと神仏さんがね、黒土とおっしゃったの。その黒土を神仏から聞いても、あんたはちゃんとしなかった。まあ、半信半疑だったんでしょうなー。生きるたった一つの方法を実行しないで、見栄と体裁と、そっちの方に心が奪われてしまったの、一生懸命あんたのことを思ってくれる家族や周りの人達の言葉を聞かないではね除けていたのかな。黒土は尊い神仏から教えられた生きる道。それを真剣に実行しなかった人だからね、次の道はもうないかもしれないね」そこに居合わせた御家族、御身内一同、泣いたり、怒号したり、励ましたり…
慧子さんの叔父様叔母様は昨年から御神縁を頂かれて、本山の御奉仕に従事して下さっておられる。叔父様73才は、1ヶ月、2ヶ月と本山に帰山し、ずっと本山の若い修行生達に混じって、ベテランの知恵と技を発揮して、今、本山の護りについて下さっている。奥様も「主人が御奉仕させてもらっているので、私も主人と一緒に少しでも」とおっしゃって今年の戸開けから夫婦一丸となっての御奉仕である。
夕食の時、先生が
「元気そうに見えるけどね、ちょっと危ないかな」
「先生、是非とも、是非とも助けて下さい、お願いします。私らは娘の婿を若くして亡くしました。その娘婿と岩本とが重なります。どうぞ、先生助けてやって下さい」。その叔父様叔母様が畳に頭をすりつけて懇願するお姿に
「一生懸命、今、本山に御奉仕下さっておられるお二人の顔を見るとむげにもできませんね」と困ったように、一言
「まず、本人が心を決めないとなぁ」
「生きたいのですか、死にたいのですか」と、岩本さんに向かって、先生が口を開いた。
「生きたいです」と、岩本さん。初めて、岩本さんご本人の口から発した言葉。
「お願いします。先生、助けてください」。ご家族皆様と共に岩本さんも、その言葉を残して、自宅へと帰られた。
「カーン」「カーン」、喉が破れんばかりのお祈り終了の鐘、と同時に倒れそうな者も出るくらいの苦しさ。そこへ
「皆の必死の祈りだけど、〝主なき願いは聞くことができぬ"と神仏様がおっしゃったよ。岩本さんはやはり難しいね、死のレールに乗っているようじゃな…」。神直先生の御言葉に、一同のやるせなさが見てとれる。
【6月23日未明】
道場御神殿に、小さい声ながらもお祈りをする御二人の影があった。岩本さん御本人と慧子さん。
「夕べ、叔父から〝何をしているんだ。今、御山では、先生をはじめ皆様必死になって、お祈りをして下さっているんだ。早く二人とも御山に来なきゃだめじゃないか(叔父さんは、その時、御山で奉仕中)死のレールに乗っているそうだぞ」と電話があり、"ぐずぐずしてないで二人揃ってお山に来なさい!すがって、すがって、すがり抜きなさい!"と、義父や義母に背中を押してもらって、取る物も取り敢えず走ってきた」とのこと。
「よく来たね」、
「良かった」、御山の仲間が皆一斉に涙ぐむ。とにかく今、神仏の前に、御山に来たということは、細い細い糸がまだ繋がっているということ。それを皆が暗黙のうちに理解して、喜んだのだ。そんな皆の様子に岩本さん達の方が驚く。
「なぜ、そこまで皆さんは僕達のことを…」と戸惑い、面食らう。
さあ、今日から、主(願主)の岩本さん達を迎えて、皆の祈りが改めて始まった。命を頂戴するための祈りがー。
「今度は黒土をさせてもらいます」そんな心で、厳粛に意気込んだお二人だったが、
「黒土を」というお言葉が、先生から出ない。
黒土のことを言われている加津美さんが「黒土、用意しなくていいんですか」と先生に伺っても、
「〝今はまだいい"としか、(神直)先生はおっしゃらない」とのこと。二・三日して伺っても、
「そうだな、そろそろ準備だけしといてもらおうか」とおっしゃるだけ。
お祈りは毎晩7時30分。
「決めた時間きっかりに神はお越しくださるから、遅れないように」との御指示があり、どんな用事をしていても、お客様がおられても、7時30分になると皆それぞれの用事をピタッと止めて御請願に入る。終わると9時だ。それから、夕食の後片付けの続きが待っている。御請願に、常日頃の作業、苦しさだけしか今は感じられない。絞り出すような辛さ、喘ぐような苦しさ、それでも岩本さんが神仏から生命を頂けるようになることだけを願って、ひたすら、ただひたすら祈り続ける。いつまで続くのか…、意識が朦朧としてくる、声が出ない、と終了の合図の鐘が鳴る。
「今日は神仏さんがなぁ」と首を横に振られる日もあり、
「今日は、神仏はじっと皆を見ておられたよ」と仰る日もありました。
毎日、神直先生も一緒になって皆と共に祈って下さり、終わると神仏の声を我々に聞かせて下さる。岩本さんが、皆に「有難うございました」とにこやかに御礼を言われる、その姿、その言葉が毎日変わってこられ、日毎に真剣さと嬉しさがこもって来ているように感じる。
【6月28日】
「神様がこちらを振り返ってくださったよ」、先生のお言葉に、「わーっ」と一斉に歓声が上がる。叔父様も叔母様も、もちろん岩本さん本人も、汗と涙で顔はぐちゃぐちゃ。
翌日、京都から岩本さんの御両親が駆けつけて来られた。御祈願が終わると、御両親は皆に両手をついて
「岩本という息子の為に、皆さん、本当に有難うございます。何をどう表現したらいいのか言葉が見つかりません」と泣きながら、お二人とも頭を深々と下げ続けておられた。
【6月29日】
少しずつ声が出、味覚も戻ってきているという。
「黒土を練って首に巻きなさい。一日24時間、首から絶対に黒土を外したらダメですよ」。黒土をさせてもらうことのお許しが出た。
金沢から一家4人が、鳥取県米子から、京都からと代わる代わりに交替で、朝の拝神、御祈願に間に合うように夜通し走ってきて、奥之院参拝後、御山の作業のお手伝い、そして夜の7時30分のお祈りをして帰られるというハードスケジュールで、御身内も駆けつけられての御祈願。
【6月30日】
岩本さんが、知人を介して紹介された4つ目となる病院へ診察を受けに下山するというその時、先生は
「〝まだガンの根が残っている"と言われても心配しないように」
「一泊だけ自宅に帰っても良いが、直ぐに御山に戻ってくるように」とおっしゃった。
【7月1日】
案の定、本山に帰ってくるなり、岩本さん、「病院の先生に、〝まだ根(ガンの元)が残っている〟と言われたけれど、
「教祖先生が御山を下る時に“心配しなくてよい”とおっしゃったので、全く動揺しませんでした」とのこと。
【7月3日】
抗がん剤治療、放射線治療を受けた大病院の検査結果がでる日、落ち着かぬ思いで病院の診察室に入ると、執刀医、教授、担当医、全員が揃っている。さすがに緊張の面持ちで椅子に座ると、
「もう心配いりません、勝ち組ですね」
「岩本さん、綺麗に根が消えてますよ」先程撮ったばかりの診断画像を見て、医師が「おおっ」と後ずさるようなどよめきの後に、こう言われたそうだ。
「えーっ」
〝30日の日、根が残っていると言われ、今日、何もない〟この間たった二日間、その間にしたことは、毎日の皆様との祈りと御山での奉仕作業。それが二日間ですっかり消えていた。
御山で私(この記事を書いた人)が連絡を受け、教祖先生や皆にお伝えすると、歓声と同時に叔父様(御山で奉仕されていた)が深々と頭を下げてお礼を言われた。
「ありがとうございます。皆さんに助けていただきました 」そう言った後、しばらく頭は畳の上に置かれたままだった。その姿に、みんなもまた喜びがこみ上げてきた。
【7月末】
黒土をしなくてもよいと先生から言われ、また一つ階段を昇った。
最新医療である、放射線治療、抗がん剤治療は、適合すれば最も有効な結果をもたらすけれど、そのリスクも高い。健康な細胞までもが破壊され、その強い有害物質も体内に残留するからである。それらのマイナス要因、ガンによって起きる体内変化(高熱等)までを黒土が吸い出してくれる。色が真っ黒という以外、見た目は普通の土と変わらないが、大変に希少価値があり入手も難しい。
その後も、御夫婦は、朝5時前、7時の拝神、午前10時、午後3時、午後7時30分と、1日5回の祈りに徹底専念する。今の岩本さんには「祈ってほんまに治るんかいな」といった疑いは全くない。ただ信じて、ひたすら祈り続ける。それのみだ。御本人によると、「午前中にしんどいと思う日が4・5日あったが、それもなくなった」とのこと。傍から見ていても、行動が積極的になられました。
【8月】
行者祭りには、御家族始め20名近くの方々がお参りに来られ、久しぶりに岩本家のお子様達もお父さんお母さんとともに御山で過ごす。
行者祭りも終わり、いよいよお盆の準備にとりかかる。岩本さんから、
「御先祖の供養がずっと心に引っかかっていたんです。どうしたらいいですか」と問われ、
「日光地蔵様の御前で、御先祖へのお祈りをして下さい。御先祖様達がお待ちですよ」と私。
次の日からお地蔵様の前で真剣に祈る御二人の姿があった。神仏の前では、「生かして下さい」と祈り、お地蔵様の前では、御先祖への御詫びと供養の祈りを捧げてと、朝から晩まで御二人は祈り続けた。
その間、岩本さんは道場周辺の整備に、慧子さんは炊事場で皆さんや信者さんのお食事のお世話にと、奉仕をされておられました。皆に自分達のことを祈ってもらい、自分達は皆のために役に立つ何かを。そこには先生の教えそのままの行動があった。
【8月18日】
この日、2回目の大病院での検診があった。何の異常も見つからず、
「もう大丈夫でしょう。念のため8月27日ペット検査※だけしましょう」。
【8月27日】
ペット検査も難なくクリア。「もう大丈夫です」と、お医者様からの太鼓判。
※ペット検査とは、ガンを調べるための核医学検査の一種である。放射性薬剤を体内に投与して、機能的に異常を見ることで、比較的小さな早期ガンでも検出できるメリットがある。
今、御山は戸閉めも終わり冬支度を迎えようとしているが、男性達は奥之院の防壁工事に、毎日お弁当を持って登って行く。その中に岩本さんの姿がある。今日の気温はマイナス1度、寒さで身体がこわばる。あれから5ヶ月、今は工事奉仕作業の主要メンバーとなって活躍しておられる。「寒いですねぇ」と話す笑顔にも自信と優しさと、信念がうかがえる。「いい顔」になっている。神を信じきって頂いた生命の顔である。 合 掌
工事中
〇諸兄諸姉が、通常の感覚をお持ちであるならば、岩本さんの気持ちがよく分かるものと思われます。病室に黒土を持ち込んで首に民間療法的な黒土湿布をした場合、岩本さんがお医者さんの治療に全幅の信頼を置いていないと、お医者さん達に受け取られかねません。また、これだけ医療の進んだ今、よりによって土に頼るなんて馬鹿げていると、医師たちに思われてしまうだろう事も容易に推測されるからです。したがって、読者の皆さんの多くも岩本さんの立場だったら、黒土湿布を首に巻くことをきっとためらわれたことと思われます。
上の文章を読まれた方の中には、「なんだ、この教祖は、偏屈な爺さんだな、人の心も分らないのか」と、思われた方もいることでしょう。しかしながら、神直先生も岩本さんの気持ちは百も承知していたはずです。そうでありながら、なお、先生は、岩本さんに優しく接することなく、突き放したようなことを仰っています。そこで、先生がどうしてそのような態度に出たのかを記します。
じつは、岩本さんより過去において、多くの方が先生の言葉を信じ切れずに、望まない結果になっております。
①先生に「今、下ったら危ない」と言われても、下山し、事故に遭った方がいます。ケガをしただけで済んだ方もおりますが、亡くなった方もおります。ある方は、トラックの下敷きになって亡くなられました。
②「もう少し、山で病気を治してから帰りなさい」と言われても、「仕事があるから」と言って帰り、結局、前より重病となり御山に戻る他なくなった方がおります。そのまま、亡くなられた方もおります。
皆さんは、上のような場合、「結果が分かっているならば、縄で縛って山から下りられないようにしたらよいのに」と思われるでしょうが、先生にはそれが出来ません。どうしてでしょうか。それは、神仏は、原則としてこの世のことに手を出してはならないという掟があるからです。この掟からすると、危険を知らせていただくこと自体、ごく特別なことです。公平性の原則に牴触する事だからです。
しかしながら、この原則にも例外があるようです。地球が魂修行の場であるということから認められる例外です。①本人が生き延びた後の人生を、信仰に、魂修行に、まい進することが予測できるという場合、例外として認められているようです。しかしながら、危険を伝えてあげることを超えて、それ以上のことをするのは、この掟を大きく逸脱してしまうので許されないのでしょう。したがって、縄で縛って足止めをしたくともそれが出来なかったと、私は考えております。
先生には、岩本さんが黒土を信じて神仏にすがらないでは死んでしまうことが分かっており、そうした時の家族の悲しみも容易に推測できたはずです。おそらく先生は、岩本さんに腹立たしさを感じていたと思われます。それは、岩本さんを救ってあげたいと心底思っていたからです。そのことは、老体(当時86歳)に鞭打って、道場生とともに祈願の祈りを連日されたことから分かって頂けるのではないでしょうか。 合 掌
この世のことについて、神仏は原則として手を出しません。しかし、例外として、神聖な地域を護る為に一定の場所※を焼き払うことなどあるようです。
※行場の近くには精進落しとか精進明けとかの名目をつけて、羽目を外して遊ぶ場所が昔はあったようです。調べておりませんが、そういった場所では、比較的清めの火事が多かったようです。
合 掌
黒土の効用
甲府市 保坂照子 第51号(西暦1990年)
以前、八ヶ岳龍王神境内での作業の折、トタン板の破片で、手のひらに大きな傷をつけてしまいました。そのとき本山から管長先生(初代山口力神管長)始め諸先生方も一緒に工事をして下さっていましたので、すぐ管長先生が、山の黒土を水で溶いて傷口に入れて下さいました。
「こうすれば、傷も残らず、きれいに治ります。中に入った土は肉が盛ったら外に出ます」と、管長先生。
私は半信半疑でしたが、乾いたら取り替えて一週間程ですっかりきれいに治りました。不安ある私に、管長先生の、「信じて使わなければ治りませんよ」のお言葉が、お土の効用にも増して、全てに通ずることと思いを新たに致しております。 合 掌
黒土療法
「土を傷口に入れるなんて」と思われるでしょうが、単なる土ではなく真っ黒な土です(竹藪の土は宜しくありません)。その黒土の効用は様々です。上記記事にあるようにガン治療にも効くようです。
いずれにいたしましても、研究されてみたら実り多い結果が必ず出る筈なので、医療・製薬に関わっておられる方は、是非とも研究して下さい。
山梨県韮崎市出身の大村智先生は、静岡県の土壌からストレプトマイセス・アベルミティリスを分離・培養し、後に、アベルメクチンとその化合物イベルメクチンを開発いたしました。その功績からノーベル生物学・医学賞を受賞いたしました。この部分の文責 矢崎幸男