一筋の光明
木下利行(68歳)第81号(西暦1996年)
私が家内と世帯を持たせていただいて早や金婚式を迎えようとしております。人が結婚するのは当然長命で幸福で子々孫々まで繁栄することを願ってのことであります。故に私が金婚式を迎えさせて頂くのも別に不思議なものではございません。ただ私の場合よくここまで生きてこられたということが不思議でございます。
私が生まれて心づくまでのことは判りませんが、現在存命の私の母に聞いても私の現在生きていること自体が不思議であると申します。母の申すには子供達を授かって他の子供達に悲しみを持ったことはないが、私を育てて下さる為には一日として気を許して生活をしたことがないと申します。私も妻と結婚させて頂くまでほとんど自分の意識で立ち働くということがありませんでした。母は私を育てて下さる様になってから一年三百六十五日、一度も御神仏の御前に合掌せぬ日はなかったと申します。
母が乳を下さるに私が口を開かぬ日、乳が私の喉を通らなかった日何百何十回あったやら、其の度に母は私のために普通の宗教者も及ばない願掛けをして下さったとか。妻と結婚してからも妻と二人であらゆる教会の門をくぐって私のために御祈願下さったとか。又神仏詣とともに近郷至る所の病院お医者様に行き、薬の数も言いしれぬ程ありました。しかし各教会の導師も各病院の先生方も既に私の寿命は三十二・三歳迄と母にも妻にもあらかじめ覚悟の予言を下されていたそうです。それでも妻は母に従い遠近にかかわらず御神仏に一生懸命御祈願に通ってくれました。私も時々母や妻に従い各教会を尋ね歩きました。その様な時でした、教祖様にお会いさせて頂いたのは。
今でも教祖様にお会いさせていただいた日のことはよく覚えておりますが、その時の教祖様は眼光はらんらんと輝き、身体はやせぎすで風貌は一見してお不動様を思わせるような方でした。今は現在の人に合わせていられると申しますが、当時は本当に恐ろしく感じました。
その教祖様が初めて私に言って下さったお言葉は「あなたはお母様から御神仏に『無事に生きられたら御神仏のお仕えができます様にいたします』と願掛けせられ育てられています。御神仏もお母様の願いを聞かれ、か弱く生まれたあなたをお護り下さっておりました。ところが幾年たってもお母様もあなたもその誓いを果たすことなく現在までただあなたの健康ばかりを願っている。だから何時までたってもあなたは一人前の人間としての生活ができないのですよ。今からでも遅くありませんから何処かのお寺様かしっかりした教会の神仏様に一生懸命お仕えしなさい」と御教導頂きました。
が、長年母及び妻が毎日日参するほど神仏参りをしているのになぜ私までがお寺様や何処かの教会に行かねばならぬのかとその時教祖様のお言葉に疑問を持ちました。尚又、私は生か死かの一線の中で母や妻に従っての神仏参りである。「神仏に仕えよ」と申される教祖様に反発さえ感じました。
ところが教祖様は又私の心を見通した様に「神仏に仕えよと申しても今のあなたに仕事ができるものではない。あなたの心をもって神仏を信じ仕えることである。あちらこちらと自分の都合を主体にしての神仏参りより、心に信ずる神仏様を心にえがいて日常一生懸命努めなさい」と言われました。
当時教祖様の申された言葉の意味がわからず、やはり同じ様に母や妻に従う神仏詣が四、五年続いたのでした。教祖様のもとへも月詣での様に参りました。そのある日教祖様が「心にえがく神仏様が見つかりましたか」と私に聞かれましたので、私は「いいえ」と答えると教祖様曰く「神仏様は常にあなたの前におられますが、あなたの心が常に迷っておられるから分からないんですよ、良かったら今日より私に仕えなさい。そして当山の何かの役務をあげるからそれを一生懸命果たすつもりでやってみなさい」と言われて私が返事も答えも出せぬ内に教祖様が一人でお決めになったのです。
「当山の役員と教祖様は簡単にお決めになりましたが、教祖様のおられるお山は修験道と言って御神仏の両方をまつるとか、修行といえば日本全国宗教の中でも最高の尊厳をもつお山である。「何故、私ごときが」と思い、常に迷い迷っていましたが、教祖様より他にすがれる人はいないと心のすみで思うようにもなっておりました。そこで私も最後の勇気を振り絞って「何もできなくてもよろしいですか」とお聞きしましたところ、教祖様又曰く「できなかったら一生私のそばで遊んでいなさい。どうせ皆一度は死ぬのですから」と簡単なお声が降りました。私はそれ以上の御質問もできずそれからは教祖様を尋ねること月に一回が二回三回と重なり、宿泊させて頂くことも多くなり今では自由に使える部屋も頂き教祖様の御指示を頂きながらなんとか御神仏にお仕えする道を歩む様になりました。
不思議と日課の様に近くの神社仏閣に各宗の教会に私の為に御祈願に通って下さっていた母も妻も家の内神様にお礼申し上げて下さるのみの一日となりました。私も教祖様の命に従い日々精進させて頂くことにより、体調は不思議と健全になり二男一女を授かり、四十の坂を超える頃はこれがあの私かと親戚身内縁者に至るまで私を取りまく者達は話の種にしてくれました。御神仏は恐れ多くも教祖様を通じて私ごとき者の人生の生き方をお導き下されたのでしょうか。
最近になり当山最大の御神業とされる孔雀門の御造営を教祖様から御指示頂き、千数百名の赤心なる御援助を賜り無事遷宮させて頂くことができました。今七十を数えようとする私には本当に摩訶不思議なことでありますが、この私に一筋の生命の光明を御指示下されました教祖様に心の底から無尽の喜びと感謝を捧げる次第でございます。
後日、教祖様に何故もっと早く私を神仏の下僕として御指示頂けませんでしたかとお聞きしましたところ、「人は迷える内は善も悪も話を進めても駄目」とのお言葉でした。
尚、教祖様はお弟子も御信者も特定として選ばれるのが大のお嫌いとか。私ごとき者にあの尊いお言葉を頂けましたこと終生の光栄に存じております。最後に母に妻に御苦労をかけましたと心から御礼申し上げます。 合 掌