あの世はどこにある(一)
※この文章に登場する、必示小天狗様、神直先生、先生は全て同一の方です。
死後の魂が行くとされるあの世はどこにあるのでしょうか。
①古い日本土着の宗教において、山岳は死霊のいる聖地でした。人が死ぬと、その霊は山岳にいき、何年か(期間は人によって異なる)滞在すると考えました。その滞在中に、天に昇るのに障壁となるさまざまなケガレが清められ、それとともに徐々に徐々に山岳を登っていきやがて昇天して神となる、と考えておりました。
②上に対し、仏典(『阿弥陀経』)では、死んだ人間は極楽浄土にいくとあります。「極楽浄土は、西方十万億土の彼方にあって、二度とこの世に戻れない」とあります。
・これについて、柳田國男(やなぎたくにお)は次のように述べております。
「私が力を入れて説きたいと思う一つの点は、日本人の死後の観念、即ち霊は永久にこの国土のうちに留まって、そう遠方へは行ってしまわないという信仰が、おそらくは世の始めから、少なくとも今日まで、かなり根強くまだ持ち続けられているということである。
これがいずれの外来宗教の教理とも、明白に喰い違った重要な点であると思うのだが、どういう上手な説き方をしたものか、二つを突き合わせてどちらが本当かというような論争はついに起らずに、ただ何となくそこを曙染め(注1)のようにぼかしていた。そんなことをしておけば、こちら(日本土着の宗教)が押されるにきまっている。なぜかというと向こうは筆豆の口達者であって、書いたものがいくらでも残って人に読まれ、こちらはただ観念であり古くからの常識であって、もとは証拠などの少しでも要求せられないことだったからである。しかもかような不利な状態にありながら、なお今日でもこの考え方が伝わっているとすると、これが暗々裏(注2)に国民の生活活動の上に働いて、歴史を今あるように作り上げた力は、相応に大きなものと見なければならない。
先祖がいつまでもこの国の中に、留まって去らないと見るか、または追々に(注3)経や念仏の効果が現われて、遠く十万億土の彼方へいってしまうかによって、先祖祭の目途(注4)と方式は違わずにはいられない。そうしてその相違はたしかに現われているのだけれども、なお古くからの習わしが正月(注5)にも盆にも、その他いくつとなく無意識に保存せられているのである。」 (『定本 柳田國男集 第十巻』)
(注1)曙染め(あけぼのぞめ) 曙の空のように、上を紅または紫などにし、裾を白にぼかした染色。
(注2)暗々裏(あんあんり) 人の知らないうち。ひそか。
(注3)追々に(おいおいに) 時間が経つにつれて、だんだんと。
(注4)目途(もくと) めあて。見込み。
(注5)正月 仏教が伝わるより昔の正月は、歳神様ではなく、ご先祖様に感謝をしてお供え物をする行事でした。
検 討
(ア)あの世の場所について
①日本土着の宗教と、②仏典とでは明らかに異なっておりますので、どちらが正しいのかという論争は過去にきっとあった筈ですが、あえて決着をつけずに終わらせたものと思われます。なぜならば、毎年、お盆や正月の時期になると先祖が帰って来るとしておいた方が、お寺さんには棚経(注)のお布施が入り都合が良かったので、仏教側が、そのままにしておいたのでしょう。もちろん、柳田國男もそれは分かっていた筈です。それなのに、「どちらが本当かというような論争はついに起らず」としたのは、両者に花を持たせた、いわゆる大人の書き方をしたものと思われます。
(注)棚経 僧侶が一軒一軒檀家を回り、お盆のお経をあげること。
(イ)
①お釈迦様は死後の世界について、「わたし(釈尊)にもはっきりとは分からない」と言われ、死後の世界を語られませんでした(注1)。
②現在、『阿弥陀経』などの大乗仏典は、釈尊の死後五百年ほど経過した後に書かれたことが分かっております。
①と②をあわせ考えますと、『阿弥陀経』の「極楽浄土は、西方十万億土(注2)の彼方にあって、二度とこの世に戻れない」との記述は、釈尊の教えではなく、後の世の創作であることが分かります。しかしながら、日本の昔の宗祖・開祖の方々は、その事実を知る由もなく、かたく釈迦の言葉だと信じておられたようです。
「二度とこの世に戻れない」という考え方に、「死者の魂は、亡くなってすぐに極楽浄土に往生する」とする考え方を組み合わせると、どうなるでしょうか。答えは、「死者の魂は、死亡後すぐに極楽浄土に生まれ、二度とこの世に戻れない」ということになります。
このように考えた場合、第一に、魂が子孫のもとに毎年帰って来ることを前提とするお盆と合致しなくなります。第二に、位牌は死者の依り代ではなく、単なる記念碑となります。第三に、日々の御供養も供養を受ける者がいない空虚な儀式となってしまいます。
現に、唯円(ゆいえん)の『歎異抄(たんにしょう)』によると、親鸞聖人(しんらんしょうにん)は次のように仰ったとされております。
「親鸞は父母(ぶも)の孝養(きょうよう)のためとて、一返にても念仏申したること、いまだ候(そうら)はず(この親鸞は、亡き父母の追善供養のために、念仏いっぺんたりともとなえたことは、いまだかつてないのです)」。たとえ親鸞聖人が真実このように仰っていたとしても、当時の日本における、仏教に対する歴史的知識からして無理もないことだったと思われます。
(注1)釈尊は当時の世間一般に信じられていた輪廻転生はお認めになっていたようです。
(注2)十万億土 この言葉は、極楽浄土に至る道のりが果てしなく遠いということを示しております。
(注3)ヒンズー教の場合、死後すぐに他のものに転生すると考えており、お墓を造らないようです。
あの世はどこにある(二)
御教示
必示小天狗様は、「あの世とこの世に場所的な違いはなく、ただ次元が違うだけである」との御教示を残されております。
人間は、楽な方に楽な方にと流されるものでございます。時代がくだり、『阿弥陀経』の「先祖の霊(注)は二度とこの世に戻って来れない」とする考え方が今より優勢になった場合、お盆の行事さえすたれてしまう惧れがございます。そこで、上の必示小天狗様からの御教示を公開させて頂くことにいたしました。
今更ですが、確認させてください。広辞苑によると、「あの世とは、死後の世界。来世。後世」のことだとされております。
(注)この文章では、霊と魂とを同一の意味で用いております。
魂のもっている能力
神直先生と生前中に縁(えにし)をいただいた方の多くが、亡くなった後(まれには亡くなる前)に、先生のもとを訪れ死出(しで)の旅路のご挨拶をされたそうです。わたしの母の兄、つまりわたしの伯父もその一人でした。先生に確認させて頂いたところ、亡くなった直後の伯父の魂が先生のもとを訪れ、生前中の御厚情に対して御礼を申し上げたとのことでした。驚くべきことは、伯父は生前中一度も蛇之倉七尾山を訪れた経験がなかったのにもかかわらず、正確に先生まで辿り着いたことです。
この事実からすると、肉体を離れた魂は、①相手が、その時どこにいるのか知らなくとも、②相手までかなりの距離があろうとも(山梨県と奈良県の間)、③念ずるだけで、時を経ずして相手のもとに辿り着くことが出来る、という三点を指摘出来るように思われます。
このように、死者の魂は電波のような存在であると言えましょう。なぜならば、電波を用いた電話では、相手が、その時、どこにいるのか知らなくとも、相手までかなりの距離があろうとも、発信さえすれば電波は全方位に伝播し、遅滞なく会話が成立するからです。
瞬時に移動できる距離
魂が、瞬時に移動できる距離はどのくらいなのでしょうか。立花隆※氏の『臨死体験㊤』に載っている例を参考に考えてみましょう。
※立花隆(たちばなたかし、本名:橘 隆志 1940年~2021年)は日本のジャーナリスト、ノンフィクション作家、評論家である。執筆テーマは、生物学、環境問題、医療、宇宙、政治、経済、生命、哲学、臨死体験など多岐にわたり多くの著書がベストセラーとなる。その類なき知的欲求を幅広い分野に及ばせているところから「知の巨人」のニックネームを持つ。
▶(前略)死んだ人が何らかの形で親しい人に自分の死を告げにやってくるという話は、日本でも昔から沢山ある。(中略)似たような不思議な話を、知人から聞くこともある。しかし、たいていは伝聞に伝聞を重ねた話なので、どこまでがオリジナルな本当の話で、その後どれだけ伝聞過程で脚色、潤色が入ったかわからないから、ストレートに真面目には受けとれないのが普通である。しかし内容の真実性を疑えない話もある。実を言うと、私の母にもそういう体験がつい最近起きた。昨年夏、私が両親を連れてヨーロッパ旅行に行ったとき、ある日、母がいつになく早朝から起きていた。昨夜ずっと眠れなかったのだという。夢の中に母の親しい友人が出てきて、白い服を着て白鳥のように飛びまわっていたが、やがて母の足元のところにやってきてうずくまるようにした。どうしたのかと思って顔をのぞきこむと死んでいた。そこで夢からさめたが、なにか胸さわぎのようなものを感じて、ずっと眠れなかったのだという。それから間もなく、日本から電話があり、その友人が昨日死んだという知らせが入った。死んだ時刻を聞いてみると、ほぼその夢を見た時刻だったという。
(後略)◀
この話では、魂は、日本とヨーロッパの間を移動しております。
『臨死体験㊤』には、精神医学の巨人、カール・グスタフ・ユングの臨死体験の記事も載っております。ユングは宇宙から眺めた地球の姿を記述しており、その記述を読んで立花氏は驚いたとのことです。
ガガーリンが宇宙から地球を見て、「地球は青かった」というまでは、誰も宇宙から地球を見た者はいなかったにもかかわらず、ユングの述べた内容が宇宙から見た地球像とたいへんよく合っていたからです。しかも、ユングは、ガガーリンが見た位置(181~327㎞)よりはるかに高いところから見た地球の姿を正しく描写していたからです。
この話では、肉体を離れた魂が宇宙空間にまで到達していることが分かります。この記事を読んだ時の私の感想は、「ああ、やはりな」というものでした。それというのも、肉体を離れた魂は宇宙に飛び出していけることを彼の行者から伺って承知していたからです。
神直先生が身命を賭して白華瀧に籠られ、大神仏(おおがみ)に「人の世を救わせたまえ」とのご請願をされた折、神仏は人の世の有り様を見せるために先生の御魂をいろんな場所に連れて行かれたそうですが、その一つが地球の外だったと伺っていたからです。
※魂が、それほど時を経ずして宇宙空間にまでとうたつできるとしたら、たとえあの世が『阿弥陀経』にあるように西方十万億土の彼方にあろうとも、魂はあの世とこの世を行ったり来たりできるようにも思われます。しかし、そもそも「死者が行く極楽浄土は、西方十万億土の彼方にあり、二度とこの世に戻れない」との記述内容は釈尊の教えではなく、後の世の創作であることは前述したところです。そしてなにより、この記述は、「残された者達の歎き悲しむ声はすでに届きようがないほど、死者は遠くの遠くの地に行ってしまい、今は幸せに暮らしているから、いつまでも悲しんでいないで、日常生活に戻りなさい」という配慮のもとに書き込まれた方便(注)だと思われます。
(注)方便 衆生を教え導く巧みな手段。真理に誘い入れるために仮に設けた教え。
あの世はどこにある(三)
この世に長くいる魂について
亡くなった直後の魂とか臨死体験の際の魂とかでなく、亡くなってからかなりの時間が経過したにもかかわらず、なおも、この世に留まっている魂について考えてみましょう。以下の例も、神直先生の霊感にもとづいたものです。
怨霊(おんりょう注1)や地縛霊(じばくれい注2)などが、この世で活動していることは、既に知られているところです。必示小天狗様は、「無残に殺された水子の霊が、多くの人についている」「百軒が百軒の家に、浮かばれない水子の霊がおる」等々と、仰っておられます。しかしながら、このような霊ばかりでなく、普通の人間の死後の魂も多くこの世で活動しているようです。いくつか具体的な例を挙げてみましょう。
(注)怨 霊 恨みをいだいて人にたたりを及ぼす死者の霊。
(注)地縛霊 地縛霊とは、自分が死んだことを受け入れられなかったり、自分が死んだことを理解できなかったりして、死亡した時にいた土地や建物などから離れずにいるとされる霊のこと。あるいは、その土地に特別な理由を有して宿っているとされる死霊。
例①
乳飲み子を残して亡くなった母親の魂が、成長後の娘の晴れがましい式(御加持の力を正式に授与される真力伝法(まじからでんぽう)に参列し、砂庭にて娘の隣に座っていたとのことです。
例②
あるご婦人が、夫と幼い子供(姉と弟)を残し、若くして亡くなりました。夫は再婚することなく男手一つで幼かった二人を成人させるとともに、ご婦人に対しても、ねんごろなるご供養を長年にわたり実践いたしました。先生によりますと、子供が長じ、夫が病気で亡くなるまで十数年もの間、見守っていたとのことす。
例③
生前中に掟を破り、蛇之倉七尾山を破門になった方の魂が、破門解除を懇願するため神直先生のもとにやって来たそうです。ちなみに、この方は朝の拝神に行かれる先生を何日も待っていたそうです。
例④
智言(ちげん・神名)という先輩行者は、神直先生を訪ねられ、自分が死後どのような活動をしているのかを告げられたそうです。
例⑤
仏霊供養護摩を斎行すると、供養の足りない魂が経文欲しさに寄ってきて、護摩の炎を幾重にも取り囲んでいるそうです。
変更が迫られる考え方
例①から例⑤までの魂は全員、通常の魂です。怨霊でもなければ地縛霊でもありません。平凡なあの世の住人と言ってよいでしょう。①子供の成長が心配でも、②家族への情愛からでも、③詫びを入れるためでも、④師匠に報告するためでも、⑤経文欲しさからでも、死後の魂はこの世において活動しております。
例①②からいたしますと、通常の魂がこの世において、自分が望む場所で、かなり長期間滞在していることが判明いたします。かかる実態があるからこそ、例①でいうならば、母親は娘の真力伝法の日を知り得たのでしょう。もしかすると、母親は二十年近くずっと娘のかたわらで見守っていたのかもしれません。
このような御霊の活動は、我々日本人の死者の魂に対する基本的な考え方を訂正するよう要求しております。現在の日本人は「一般的な(怨霊などではない)死者の魂は、四十九日が過ぎるとあの世に行き、その後は年に一度お盆の時期に帰って来るだけだ」と考えているからです。この考え方は、「怨霊でも、地縛霊でも、通常の死者の魂でも、少なくともこの世に対する吹っ切れない思いがある魂は、盆正月に関係なく、この世に存在し続ける」という考え方に変更されなければならないようです。この考え方を前提にした場合、「それまで吹っ切れなかった思いを断ち切ったとき」を、「成仏した」と言い表してよいと思われます。
あの世はどこにある(四)
あの世はどこにある
(一)死後の魂は間違いなくあの世の住人です。そうだとすれば、あの世の住人がたくさんいるところは「あの世」と言ってなんら差し支えないでしょう。おびただしい数の死後の魂が確実にこの世に存在いたします(注)。したがって、少なくともあの世の「一部」はこの世にあると言えるでしょう。
(注)水子霊だけでも、何十億という単位で存在しております。
(二)さらにすすんで、あの世の「全て」がこの世にあると言えないでしょうか。
①そもそも、死後の魂が存在するには1㎣の空間も必要ありません。したがって、物理的には、あの世の「全て」がこの世にあったとしてもなんの不都合もありません。
②死者の魂にこの世を見せることには意味がございます。例えば、死者の生前の行為が原因となって、この世に残された被害者や死者の子孫達が苦しんでいる様子を見せることによって、神仏は死者の魂に反省を促すことが可能となります。何の説明もなく、単に針の山を登らせるのでは、神仏が主体となったいじめと言う他ありません(私は、針の山はない考えておりますが)。そうだとすれば、「あの世はこの世になければならない」とさえ言えるのではないでしょうか。
③このように考えてくると、「あの世とこの世に場所的な違いはない」という御教示を、丸々飲み込んで、あの世の「全て」がこの世にあると考えても、何ら差し支えないように思われます。そうではございますが、「あの世の全ての住人が、この世に存在している」との論証はおそらく出来ません。したがって、あの世の「一部」はこの世にあるという結論で満足しておくことにいたします。
一部だけにしても「あの世はこの世にある」という結論は、世間を騒がすだけではないかとの批判がありえます。しかし、第一に、「あの世はこの世にある」と言明することで、供養する方に死者の魂を身近に感じていただけるならば、本来の日々の供養を促すという効果が出てまいります。第二に、柳田國男が言っているように、古い日本の土着宗教の時代から綿綿と引き継がれてきた、先祖はいつまでもこの国土の中に留まって去らないとの考え方が、日本人が無意識に保存してきた盆や正月などの習わしの思想的背景となっております。そうだとすれば、「あの世はこの世にある」という考え方は、日本人もしくは日本の習わしになじんだ者にとって、それほど違和感のあるものではないと思われます。
次元が異なる根拠
御教示には、あの世とこの世とでは次元が違うとあります。次の二つを根拠として挙げうるものと思われます。これらからすると、あの世の方が次元が高いように思われます。
(一)この世で、生きている人間がどこかへ行こうとしたとき、正しい方向や距離が分からなければ目的地に到達できません。しかし、あの世では、肉体から解放された魂は方向や距離など分からなくとも到達できます。しかも、時を経ずにです。
(二)この世からあの世の情報はなかなかキャッチ出来ませんが、あの世からはこの世の情報の多くを把握できるようです。例えば自分が真っ暗闇の中で殺されたとしても、死後には殺人を実行した者が分かり、その実行犯に殺すよう仕向た者(教唆者)も分かるとのことです。天道は厳正なので当然と言えば当然のことでしょう。
ちなみに父親が、生前は自分の子供だと思って育てていた子が、本当は他人の子供であったということまで、亡くなった後の魂には分かるのだそうです。どうしてそれが可能なのか不明ですが、「閻魔様の裁判」が理解のヒントになると私は考えております。
あの世はどこにある(五)
形骸化したご供養から本来のご供養へ
以上、いろいろ述べてまいりましたが、日本人の中には肌感覚で、先祖や水子達の魂は身近に存在すると意識しておられる方がいます。その方々は、毎日仏壇にご飯やお茶を供えたり、読経したりしております。かかる日々の先祖供養と死者供養は、仏教伝来以前どころか、縄文時代の太古からずっと日本人が続けてきた信仰です。
もともと釈迦仏教と先祖供養・死者供養とは無関係でしたが、仏教が日本に伝来されてしばらくしたとき、仏教を本格的に日本に定着させるために、聖徳太子と役之行者尊は仏教にこれらの供養を取り入れました。本来的でなかった先祖供養・死者供養を取り入れましたので、仏教は、どうしても供養への思い入れが弱く形式的であったことは否めません。親鸞聖人が「親鸞は父母の孝養のためとて、一返にても念仏申したること、いまだ候はず」と仰ったことも十分理解できるところです。
仏教の底流にかかる思想的傾向があるためでしょう。仏教が主として供養をリードしている現在、多くの日本人はお盆や年忌以外には先祖供養・死者供養を意識いたしません。先祖への敬愛や尊崇の念という人間自然の情から発した、太古からの日々における本来の先祖供養・死者供養を忘れてしまったかのようです。
何はともあれ、ご家系に伝わる宗教や檀家寺を大切になさってください。御家系の宗教や檀家寺が日々のご供養に関心が薄い場合でも、悩まれる必要は少しもありません。ご供養は、本来、残された者達が自らの手で行うものだからです。檀家寺にお盆の棚経や年忌の法要をしていただくことも大切ですが、ご自宅での自らの手による日々のご供養が基本であり、最も肝心なことだからです。ご供養を軽んじた宗祖様、開祖様も、ご自身の勘違いが修正されたことを知り、あの世できっと安堵されることでしょう。
「他人の家の供養にまで口を出すな」とのお叱りを頂戴することが予想されますが、先祖供養・水子供養の場合、諸兄諸姉のご供養を首を長くして待っておられる相手(御先祖、水子)がございますので、知らぬふりをする訳にも参りませんでした。老婆心ながら、口幅ったいことを申し述べさせていただきました。
追 記
昭和末期、蛇之倉七尾山の拝神時に、神直先生をご霊媒にして、拝神に来た者に対して、お釈迦様から御霊示があったそうです。言葉は正確ではありませんが、内容は次のようなものでした。
「わたしは、シッダルタ・ゴータマです。日々の御修行、ご苦労様です。この度、真宇王大霊大権現様(地球霊主)から許され、十年の後に当山に参ずることとなりました。○○○〇〇〇(この部分失念いたしました)再び、お会いいたしましょう」
地球霊主である真宇王大霊大権現様が、人の世の滅びを少しでも食い止めようとされ、その一環としてお釈迦様をお膝下に呼び寄せられたことを示す御霊示です。この御霊示があってから丁度十年後の平成九年に御釈迦様と五百羅漢様が、翌十年には十大尊師様がその御山にお鎮まり下さいました。
生前、お釈迦様は死後の世界について語られませんでした。あの世を見通すことが、生きている人間の験力では最も困難なことだからです。各宗の宗祖・開祖がそれぞれ人間的な知恵の中で思うところを開陳した結果、あの世に関する理解が混乱してしまっている現況を観るにつけ、釈尊の沈黙を守った姿勢(無記)が最も誠実であり、適切であったことが分かります。
供養とは心を捧げることですから、一円の経済的負担を要するものではありません。是非、御家系の水子供養、先祖供養を急いで下さいますようお願い申し上げます。 合 掌